ところが入ってみると自分よりすぐれた研究者がたくさんいることに驚く。ノーベル賞の夢はひとまず棚上げし、先ずは産総研での「一人前」を目指す。先輩達の指導を受けながら成長していくと、やがて学会でも「第一人者」として認められてくる。研究者として最も充実感を覚える時である。

 「一人前」になることで、初めてプロの研究者としての自覚が生まれる。「研究ハイ」であろうが何であろうが、自分のやっていることで報酬を得て、家族を養っているということを確認する。実際にはこの前後から「プロの厳しさ」も知り始めるので、もはや研究のための研究という意識はない。こうして理系人間から理系職業人となり最終的に「第一人者」となるのだが、次はその研究に対する社会的認知が欲しくなってくる。自分の研究が社会にどのように役に立つかの確認である。研究が社会的に評価されないことには、研究者としても、職業人としてもそのアイデンティティーを持ち得ないと考えるのである。

その職業で自分の才能は生きるのか?

 産総研のような研究機関では、研究者として歩みを始めた者が、その研究分野を変えることは、管理職になるまではほとんど見られない。これが企業となると事情は異なる。技術者として入社した者が、比較的早い時期に他の分野に転進することもある。これまでと全く違う分野の製品開発の仕事に異動させられることも珍しくない。自分で希望することもあれば、意に反しての異動もある。

 若いころ、人事はひとごと、だから会社が自分をどう扱うかは気にしない方がよいと忠告してくれた先輩がいた。自分の人生をそんないい加減に見てよいものかと反発心を抱いたが、この言にも一理ある。自分の才能や適性は、本人が気付いてないことも往々にしてあるからだ。私の転機も、自分の意思や希望とは関係なく訪れた。このことについては、いずれ詳しく触れたい。

 理系の人たちの生業の見つけ方に比べ、文系の人たちのそれは、より柔軟なように見える。勿論、最初から弁護士や会計士など専門職を目指して、学部選択をする人もいるが、自分の身の回りを見ると、文系学部の選択と仕事の内容の選択は、あまりリンクしていないことが多い。企業に入って最初に就いた仕事がその後の進路を決めたり、学生の頃は考えもしなかった業務に就いて才能を開花させたりすることもある。「自分は営業をする気はなかったんだけれど、やってみたら自分に向いていたようで、面白くなった」とか、「簿記の知識はまったくなかったのだけれど、経理部に配属されて、一生の仕事になった」とか、そのような人にしばしば出会う。かくいう私は理系出身者ではあるが、会社に入って、技術者にはなったものの、学生の頃の専門領域は生かせず、全く異なる分野の製品開発をすることになった。そういう意味では、文系の人達と生業の選択には大きな差はなかったかも知れない。

 職業の選択は人生最大の決断の一つであり、選んだ職業にはそれで「生計を立てる」という覚悟が必要である。一旦選んだ職業に満足せず、他の道を歩けば良かったと後悔する人もいる。それで一念発起して別の職業に就く人もいるが、時として未練がましく自分の人生はこんなはずではなかったと考える人もいる。しかし、そのような人たちも自分が今の職業を選ぶにあたっては、何らかの基準を持っていたはずである。それは自分の嗜好であったかもしれないが、一方で自分の能力や適性であったかもしれない。そのことをもう一度よく考える必要がある。

 企業に勤務して、漱石が言うところの「その職業と嗜好を完全一致させうる」ことはむしろ稀だ。自分の嗜好とは別に、「生計のため」の覚悟を持って働く人が一般的だろう。

 最初は自分の嗜好と合わない仕事でも、専念していることで、自分の嗜好が仕事に合ってくることがある。人間は与えられた仕事に自分を順応させていくこともできるのである。一所懸命という言葉がある。語源は封建時代に領主から与えられた領地を守り抜く覚悟から来たとされているが、仕事においてこの心境になれれば、たいていのことは乗り越えていける。