(写真:AP/アフロ)

 2020年のオリンピック開催地の誘致活動の際、滝川クリステルさんが日本には「お・も・て・な・し」の精神があることをアピールし、それが東京決定の一因となったと言われている。日本流の「おもてなし」が、どのような様式によるべきか、日本人の中でもそれぞれ意見は異なるだろう。ましてや外国人がそれを理解するのは難しい。かなりの日本通の人でも、「おもてなし」と聞けば、日本旅館や高級懐石料理店などの至れり尽くせりのサービスを思い浮かべることが多いだろう。

 郷里の仙台藩主 伊達政宗公は「馳走とは、旬の品をさりげなく出し、主人自ら調理してもてなす事である」と述べたという。自ら調理するかどうかはともかくとして、ここでは旬のものを「さりげなく」お出しすることがポイントである。素材とか、調理法とか、料理人が誰だとか本来は口に出すことではない、この奥ゆかしさが肝要なのだと言いたかったのであろう。

 この伝統にのっとってか、私の田舎では、ごちそうと言えば、華美とはほど遠い餅料理であった。もちろん餅料理と言っても一種類ではなく、懐石膳というと大げさだが、主食としてのあんこ餅、副食としての季節の餅、椀物としての雑煮、そして消化を助ける大根おろしに香の物という取り合わせである。季節の餅は、春なら草餅、夏ならずんだ餅、秋ならくるみ餅という具合である。

 お客様の食事時間に合わせて、餅米をせいろで蒸す。臼でつくのは男手の仕事だが、他は全部女手の仕事である。迎える側の家族にとっては手間ひまのかかる大仕事だったのである。そのためか田舎では、餅のことを「手間ごちそう」と呼んでいた。おいしさもさることながら、その料理にかけた手間や準備が大切なのだ、それがお客様を迎える精神であるという考え方がうかがえる。

 茶人千利休にまつわる面白いエピソードをテレビで語っている人がいた。利休が大阪から京に向かっていた時、途中で知り合いの家に立ち寄ることになった。利休に心酔していた家の主人は、利休の訪問に舞い上がってしまう。先ずは庭のゆずをもいできて、ゆず味噌にして供した。利休はことのほか喜んで食した。その後、主人がいかにも大阪から取り寄せたと思われるお酒を出し、高価な肉料理を振る舞ったところ、利休は途端に不機嫌になり、早々に帰ってしまったというのである。利休の好みと、先の政宗公の描いた馳走には相通じるものがある。

 日本流の「おもてなし」ではお客様のことを十分に考え、好みを「おもんぱかり」、あらかじめ主人が用意するのが普通である。通常、会社の会議でははじめにお茶が運ばれてきて、途中でコーヒーなど別の飲み物が運ばれる。全員に対して同じものが用意されるので、好みでない人は口をつけずに残さざるを得ない。いかにお客様の好みを「おもんぱかる」かは日本流おもてなしの根幹なので、客人の方も、たまたま嫌いなものがあったとしても不快感を示さず、そのまま残しても失礼には当たらない。