加えて、文中で山田氏が「チリも積もれば山となる」という格言を引用しているように、小さなことでもおろそかにせず、コツコツと蓄積していくことが大切だという考え方が日本社会には強い。そこにあるのは絶対的な「利益額」や「損失額」「節約の額」というような「量」の概念ではなく、「どんなに少額でもお金はお金だ」という「スジ論」、「些細なことでもおろそかにしてはならない」「節約は美徳だ」といった規範意識に基づいた「べき論」である。

 もちろんこの考え方が間違っているというのではない。しかし現実には「チリが積もっても山にはならない」ことは世の中には多々あり、というより、「山になる」ことなどほとんどないと言ったほうがいいかもしれない。

 誤解のないように繰り返しておくが、これは「コツコツとした努力の積み重ねは意味がない」 と言っているのでは決してない。そうした日々の努力は決して「チリ」のように小さくはない。ここで例にしているのはあくまで「チリ」の話である。

利益率よりは売上高

 話のついでに企業の会計になぞらえて言えば、これと似たような構図は利益率と売上高の関係にも言える。実際、ごく単純なたとえだが、

経常利益率30%で売上高が1億円のA社
経常利益率10%で売上高が10億円のB社

 があったとしよう。

 一見してわかる通り、A社のほうが売上高は小さいが、利益率が高い。つまりA社のほうが経営効率は高い。逆にB社は売上高は大きいが、利益率は低い。つまり経営効率は低い。このような2つの会社があった時、日本社会はA社のような経営を高く評価し、中国社会はB社のほうをよしとする。そういう傾向がある。

 A社は経常利益率30%、売上高1億円なので実際の利益は3000万円である。一方、B社のほうは、経常利益率は10%だが、売上高が10億円あるので利益は1億円になる。当たり前の話だが、実際にあげている利益の「量」をみれば、売上高が大きいB社の方がA社よりも多くのお金を儲けている。

 中国の経営者の多くは、ここでいうB社的な考え方、つまり「率」よりは「量」を重視した経営をする。トータルの利益「額」を増やすために、まず規模の拡大を志向する傾向が強い。

 そのために商品のアイテム数を増やし、店舗網を広げて、広告宣伝費を注ぎ込み、しばしば安値競争という手段を使って量的拡大を目指すのが中国の「普通」である。なぜそうなるかというと、いかに利益率を高め、効率の良い経営を行っても、売上高が大きくならなければ結局、絶対的な利益の額には限度があるとの意識が根底にあるからだ。

 さらに言ってしまえば、利益「率」の高い経営を実現しようと思えば、そこには他社にない自社特有の強み、もしくは経営効率の高さが必要になる。しかし、それを実現するには多大な時間とコスト、根気のいる継続的な努力が必要である。簡単にできるものではない。しかし、売上高の増加は、一定の投資を行えば、比較的短期間に実現できる可能性が高い。

 市場が巨大で変化が速く、競争が激しい中国国内では、こうしたスピーディーな展開をしないと、あっと言う間に生存空間がなくなってしまう、との恐怖感もある。