この連載も6回目を迎え、おかげさまで予想を超える多くの方に読んでいただいている。改めて御礼を申し上げたい。

 今回のテーマは中国人の金銭感覚についてである。ここにも「スジか、量か」という発想が大きくかかわっている。そういう話をしたい。

「中国人はケチである」という印象

 連載の第2回「小銭を返さない中国人は、何を考えているのか?」で、お金の使い方に関する「スジか、量か」の判断基準は以下のようにまとめられると書いた。

 日本人の社会 → 論理で判断してお金を使う
(お金を使うか使わないかを「スジ」で判断する)

 中国人の社会 → 払えるか払えないかで判断する
(お金を使うか使わないかを、使えるお金の「量」で判断する)

 これまで述べてきたように、中国人の判断基準は「ものごとの大きさ(=現実的影響)」に基づいて決まる傾向が強い。そのため、自分が直面するその場の「現実」が変われば、判断基準が変わる。日本人が理解しにくいところはここにある。

 中国社会がまだあまり裕福でなかった1980~90年代、おそらく2000年代初頭ぐらいまでに中国人と接した人は、一般に「中国人はケチだ」という印象を持っている人が多い。

 当時、中国社会の所得水準は低かったし、1カ月の収入をドル換算すると日本の平均的給与所得者の数十分の一などという時代が長くあった。だから当時の多くの中国人は、日本に限らず先進国に行くとお金の支出に極端にシビアになった。

 日本人だって、物価の相対的に高い場所に行けばお金の支出に渋くはなる。だが、それでも日本人は「使うべきか否か」という「スジ論」で支出を判断する習性が強いので、持っているお金が少なくても、理屈で割り切って必要なお金は使う――という対応をすることが多い。まさに「論理で判断してお金を使う」のである。

 しかし中国人は自分の持っているお金の「量」に先に意識が行くので、自分の手持ち資金が相対的に少ないと、とにかくお金を使わず、なんとか支出を減らそうとする。「使うべきかどうか」の観念より先に「使う量を減らす」という発想になる。当時、日本に留学に来た友人の中に、本当に水とコメとバナナ以外(日本はバナナが安い)ほとんど口にしていない人がいて健康の心配をしたりした。

 こういう中国が貧しかった時代の印象が、日本社会、特に一定年齢層以上の人には根強くあるので、いまでも「中国人=ケチ」というイメージが日本人の脳裏には色濃く残っている。

 ところが中国は急速に豊かになって、状況は大きく変わった。年収1000万円を中国元に換算すると60万元弱だが、いまや世帯単位でこの程度の所得のある人は都市部のホワイトカラーなら決して少数ではない。資産で見ても、最近は上海や北京などの大都会では郊外の築20年超、みすぼらしいマンションの2LDKが軽く1億円を超えるという世界である。

 そういう時代になって、手元のお金の量が増えてくると、中国人のお金の支出に対する判断基準は一気に逆回転する。途端に「ケチ」から一転、大胆にお金を使うようになるのである。お金がないと使わないが、お金を持つと太っ腹になる。中国人にはそういう傾向があって、ここが常に原則重視の日本人の金銭観と大きく違う。