この連載は、村上春樹さんの『騎士団長殺し』に刺激を受けた筆者が、まじめにイノベーションについて語ろうという企画である。村上春樹さんの意図はともかくとして、この小説には創造的な経営やイノベーションにとって大切なことがたくさん書かれている。『騎士団長殺し』に出てくるキーワードや暗示が、筆者がつい最近出版した『模倣の経営学 実践プログラム版』と似ているのである。今回は連載3回目。
(連載
第1回
第2回 から読む)
村上春樹さんの『騎士団長殺し』、第2部のタイトルは「遷ろうメタファー編」。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
前回までは、『騎士団長殺し』の第1部「顕れるイデア編」に対応するような形で、「顕れる本質」と銘打ち、「ものごとの原型」や「本質」について解説した。今回からは、第2部「遷ろうメタファー編」に対応して「創造のための隠喩」や「なぞかけ」について考えてみたい。小説の筋書きのネタバレにならないように、イノベーションの謎かけについて語ることにしよう。
メタファー
まず、『騎士団長殺し』における、メタファーの登場の場面を引用する(第2部、335ページ)。
「お前はいったい何ものなのだ? やはりイデアの一種なのか?」
「いいえ、わたしどもはイデアなどではありません。ただのメタファーであります」
「メタファー?」
「そうです。ただのつつましい暗喩であります。ものとものとをつなげるだけのものであります。」
メタファー(Metaphor)とは、比喩の一種だが、「~のようだ」と明示的な喩え方をしない隠喩(いんゆ)のことである。
メタファーの語源はギリシャ語にある。Metaは「~を越えて」、phorは「運ぶ、もって行く」という意味をそれぞれ含んでいる。ある世界から別の世界へ、境界を越えてもって行く、ということなのである。
メタファーには2つの種類がある。1つは、馴染みのある喩えを用いて、馴染みのないことを説明するというメタファーである。未知のことを、既知のことで説明することによって、その本質を瞬時に理解させる。理解を促すためのメタファーなのである。
もう1つのメタファーは、逆に、馴染みのない喩えで、馴染みのあることを説明するというメタファーである。既知のことでも、そぐわない喩えによって説明されることで、頭が刺激されて新しいアイデアが生まれる。一見すると違うものだと思っていた2つを結びつけることによって、いろいろなアイデアを次から次へと生み出すことができる。発見や学習を促すためのメタファーである。これを「認知的メタファー」という。
こう説明すると何やら難しい感じがするが、実はそうでもない。
「~とかけまして…と解く。その心は○○」
これは、落語における「なぞかけ」の「お題」である。すなわち、一見すると関係のない2つの言葉を選び出し、それら2つの言葉の共通点をオチとして示すという知的遊びにみえる。その実は、ビジネスにおける新しい結びつきというのも、このなぞかけと同じようなものなのだ。
グーグルのアルゴリズムの本質
たとえば、よくあるなぞかけに、「鉄」とかけて「若者」と解く、その心は「アツイうちに打て」というのがある。どちらも鍛え上げるタイミングが大切ということだ。
言葉遊びに終始するのではなく、共通する本質に注目してほしい。あるビジネスにかけて別のことがらと解く、というお題を解くのだ。たとえば、「検索エンジン」とかけて「学術論文」と解く。その心は「どちらも引用数が大切だ」といった感じだ。
実際、グーグルを創業したラリー・ペイジさんは、検索エンジンを学術論文にたとえて、そのアルゴリズムの本質をつかんだという。
その黎明期、どの検索エンジンもユーザーの満足をみたすものではなかった。ウェブクローラー、ライコス、マゼラン、インフォシーク、エキサイト、ホットポッドなどあったが、意味のない情報、欲しくない情報がやみくもに表示されていた。
ペイジさんは、いろいろなサイトに張り巡らされたリンクを見て、学術論文の引用を思い浮かべたという。リンクが多いほど、そのサイトは人気がある。たくさんリンクが張られているものを重視して格付けすれば良い。こうして生まれたのが「ページランク」である。
言い当てて妙である。「えっ、それどういうこと?」と聞いた者を驚かせ、戸惑わせるようなメタファーは新しい発想を生み出す。メタファーというのは、結びつかないようなものどうしを結びつけ、その関連性を探らせてアイデアを触発するのである。
異次元の世界を結びつける
小説の中でも、メタファーは自分のことを「ものとものとを結びつけるだけのもの」と言っている。この自己紹介は正しい。しかしなんと謙虚なことだろうか。自分のことを「ただのつつましい暗喩であります」と卑下している。その結びつけ方が、新しければとてつもない価値が生まれるということを本人は知らないようだ。
連載の第1回で説明したように、イノベーションというのは、何もないところから生み出されるものではない。イノベーションとは「世の中に既に存在するもの同士を新しい様式で組み合わせることで価値を生み出すこと」である。無から有を作り出すことにこだわると、「イノベーション殺し」が始まる。これを避けて「イノベーションに命を吹き込もう」というのが今回のコラムの趣旨である。
私は、イノベーションにとって、メタファーの役割はとても大きいと考えている。メタファーの凄さは、異なる世界を結びつけることにある。これこそが『模倣の経営学 実践プログラム版』の中心テーマのNEW COMBINATIONSである。意外な結びつきを強いることで新しい発想を促すのである。イノベーション教育プログラムとしては、強制発想法の一つともいえる。
ダンプカーとたまごっち
コマツのコムトラックス(コマツが開発した建設機械の情報を遠隔で確認するためのシステム)が「たまごっち」から生まれたことをご存知だろうか。ある若手スタッフが、ショベルカーやダンプカーも、たまごっちのように話しかけてくれれば、面倒を見やすいのに、と感じたことが始まりだったという。
たまごっちというのは、バンダイのキーチェーンゲームで、その名の由来は「タマゴ+ウォッチ」にある。液晶の画面の中のペットを育てるのだが、「食事が欲しい」「遊んでほしい」「糞を掃除してほしい」と世話を焼かせる。このアピールに呼応して、女子高生や子供が面倒をみる。ちゃんと面倒をみていればご機嫌なのだが、何もしなければどんどん機嫌が悪くなり、死んでしまうこともある(うちの娘はとても悲しんでいた)。後に、これに通信機能が備わり、現在で言うIoT(モノのインターネット)の先駆けとなる。
モノが人に語りかけてくれるわけである。だから「ショベルカーやダンプカーがオーナーに、異常やメインテナンスの必要性を知らせてくれればいいのに」という発想が生まれてもおかしくはない。確かに、「燃料が残り少ない」「自分はここにいる」「部品が消耗した」と知らせてくれれば、トラブルを未然に防ぐことができるし、稼働状況だってモニタリングできる。
坂根正弘さん(現コマツ相談役)は経営企画室長に就任したとき、この提案を開発技術者から受けた。そのときのことを振り返って次のように記している。
「私も『これは価値あるシステムだ』と直感しました。サービス畑が長かった経験から、建機の保守管理の大変さは身にしみてわかっています。多数の建機を保有するレンタル会社にとっては、建機の場所管理が自動的にできるだけでも大助かりですし、防犯にも役立ちます。建設機械の盗難は昔からよくありましたが、機械の居場所がわかれば、それも難しくなるはずです」(坂根正弘『ダントツの強みを磨け』日本経済新聞出版社、2015年、126ページ)
こうしてコムトラックスが実現し、後のコマツの大躍進を支える柱になった。
逸脱、偶然、遊び心
ネタバレになるので詳しくは紹介できないが、『騎士団長殺し』においても、メタファーはある世界と別の世界を結びつける役割を果たしている。彼は、肖像画家である主人公を「遠い世界」に連れて行き、「自分の世界」に戻るための道筋を暗示した。蛇の道は蛇といったところだろうか。
さて、その気になるメタファーの容貌だが、小説では次のように描かれている。
浮浪者のようにも、世を捨てた隠者のようにも見える。痴呆のように見えなくもない。しかしその眼光は驚くほど鋭く、洞察のようなものさえうかがえる。とはいえ、その洞察は知性を通して獲得されたものではなく、ある種の逸脱が ─── ひょっとしたら狂気のようなものが───たまたまもたらしたもののように見える。(第1部、100頁)
注目してほしいのは、彼の洞察が何を通して獲得されたかである。洞察の源になっているキーワードを並べると、「逸脱」「狂気」「たまたま」となる。これがとても興味深い。
確かに、経営においても、ちょっと狂気や逸脱がなければイノベーションは生まれない。コマツの場合も、よい意味で逸脱している坂根さんだったから、たまごっちというメタファーに対して「面白い、やってみよう!」となった。生真面目な経営者だったら「お前、おかしいんじゃないか?」と一蹴されていたかもしれない。
実は、このような逸脱こそがイノベーションの源泉となる。そして、その逸脱は偶然の出会いによってもたらされることも少なくない。
それもそのはずである。『模倣の経営学 実践プログラム版』でも解説しているように、イノベーションは常軌を逸する新結合から生まれるものであり、そのような結合は意図や計画によってもたらされないからである。自分自身が「これとこれを結びつければ面白いんじゃないかな」と思っているレベルの枠の外を探すぐらいの心構えが必要である。
ヤマト運輸の小倉昌男さんが、一般家庭向けの宅急便の可能性を確信したきっかけは、たまたまニューヨークの四つ筋で、UPS(ユナイテッド・パーセル・サービス)の車が4台も停まっていることを目の当たりにしたからである。このとき、市内の1ブロックに1台の集配車が配置されていることを見抜き、収支計算をしたそうだ。
ちなみに、筆者もアメリカに2年居住した経験があるが、そんな光景は見たことがない。いわば偶然の賜ともいえる。
このような偶然によるイノベーション物語は枚挙にいとまがない。たとえば、スターバックスの場合、ハワード・シュルツさんが出張でイタリアに行き、たまたまエスプレッソバーに立ち寄ったことに始まる。メガネのJINSの場合、田中仁さんがたまたま旅行に行った韓国で破格とも言えるメガネに遭遇したことがきっかけとなっている。意図的に偶然の出会いを生み出すことが大切なのである。
次回は意図的に偶然を誘い出すための方法を紹介する。
模倣の経営学 実践プログラム版
井上達彦著、日経BP社
NEW COMBINATIONS 模倣を創造に変えるイノベーションの王道
企業の競争力と進化に関するパラドクスを解明したベストセラー『模倣の経営学』が、実践的な解説を大幅に増補して新登場!ビジネスモデルとテクノロジーを革新する、「模倣による新結合」の手法を体系化。
●AKB、ジャニーズ、吉本、宝塚、劇団四季で「分類」を学ぶ
●ヤマト運輸、スターバックス、トヨタに「創造的模倣」を学ぶ
●ニトリ、メルセデス・ベンツ日本に「知の探索」「観察」を学ぶ
●中国テンセントの爆発的成長に「模倣の順序」を学ぶ
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