手嶋:彼女の政治の師、オルブライトは、クリントン政権で国務長官を務めましたが、その縁でオルブライトもスーザン・ライスもヒラリー・クリントンに近かったのです。

 ところが2008年の大統領選挙では、予備選の対立候補だったオバマ陣営にさっと転じています。この賭けは見事に当たって、オバマ政権では閣僚級の国家安全保障担当補佐官です。

清野:はあ。小池百合子がかわいく見えますね。

手嶋:私は、民主党政権の誕生に備えて、ワシントンの有力シンクタンクで再び政権入りを目指していたスーザン・ライスにインタビューに行ったことがあります。

清野:そうなんですね。

手嶋:アフリカでの人権外交をどのように進めてきたか、彼女の実績に触れた質問には、実に雄弁に答えてくれました。帰りがけに私が「あ、そうそう」という感じで振り返り、「ところで、スーダンにいたオサマ・ビンラディンをなぜ引き受けなかったのですか?」と聞いたとたんに顔色がぱっと変わりました。

清野:刑事コロンボですか。

手嶋:黙って、私を睨みつけて、その目でドアの方を見たのです。「帰ってちょうだい」というわけです。この野心家にとって、過去の失策がどれほど心の傷になっていたのか、お分かりでしょう。

清野:あの、手嶋さんはどうして、そのことをご存じだったのですか。

手嶋:政治情報都市ワシントンの地下水脈を流れるインテリジェンスに浸かっていたからです。

清野:うーん。

手嶋:スーダンと米国を仲介していた人たちからも情報は仕込んでいました。スーダンを顧客とするアメリカ女性、それにパキスタン人の投資銀行家といった人々ですが、かなりの情報でしたよ。

清野:あやしい……。

手嶋:ややあやしげな人たちなのですが(笑)、これという金鉱脈には、いかがわしい山師が出没しているものです。水清ければ――というでしょう。

 ちなみにその投資銀行家は、9・11が起きた時は、ワールドトレードセンターを一望できる自宅のペントハウスにいました。家庭用のビデオを自分で回しながら、「ついに起きるべき事件が起こってしまった……」と、背後に上がる黒煙を背に、震える声で同時リポートを録音していました。そのシーンは後に「NHKスペシャル」の中で使わせてもらいました。

失われた機会と、インテリジェンスの価値

清野:歴史に「たら」「れば」は禁物といいますが、スーダンとの交渉の時に、オサマ・ビンラディンの身柄を米国に移していれば……。

手嶋:件の投資銀行家はスーダンに特別な情報源を持っており、スーダン政府とクリントン政権の話し合いの仲介者でした。米国が真剣にスーダンとの協議に応じれば、スーダン政府が持っていたアルカイダのテロ情報を渡してもいい、という話を仲介していたのです。その中には、9・11テロの実行犯に関する超一級のインテリジェンスが含まれていました。

清野:それって、ものすごい情報じゃないですか?

手嶋:ああ、失われた機会。

清野:なぜスーザン・ライスは決断できなかったのでしょう。

手嶋:まあ、度胸がなかったのでしょう。後知恵だという批判を覚悟して言えば、スーザン・ライスは先が読めなかった。インテリジェンスとは、紙に書かれた法律ではない。近未来の予測をすることです。そこを理解せずに、安易に法律や政策に逃げ込んで、困難な判断を下さない。これは政治指導者や真の公人のすべきことではありません。

清野:直近・現代史の教訓ですね。

(⇒第5回に続きます。)