手嶋:「戦略正面」とは、「その国にとって死活的に重要な戦略地域」のことです。冷戦期、西側同盟の盟主だった米国にとって、ソ連との正面衝突が起きる危険が最も高い地域は、いうまでもなく欧州でした。

 これが米国の戦略正面の本丸で、中東戦略の比重は非常に大きかった。ただし、冷戦終結後の20年の間に、米国は二つの戦略正面の一方に重心を移しすぎて、大きな誤りを犯してしまったのです。

清野:どういう誤りなんですか。

手嶋:米国は2001年に9.11同時多発テロ事件に見舞われ、これを機に、外交上、軍事上の持てるすべての力を中東地域に注いでしまった。

清野:9.11事件の翌月のアフガニスタン戦争、そして2003年のイラク戦争ですね。

手嶋:注力の際たるものが、その二つです。米国は本来、二つの戦略正面に等しく抑止を効かせておくべきだったのですが、中東に重心を傾けすぎた結果、東アジアに巨大な戦略上の空白ができてしまった。

清野:そういうことだったんですね。

技術力軽視とネオコンが作り出した空白

手嶋:その空白を埋めることになったのは、新興の大国、中国であり、また、米国の抑止力の弱まりを巧みに衝いて、核・ミサイルの開発にひた走った北朝鮮でした。

清野:米国が作り出した力の空白が、重大な事態を招いた。そのことは今なら分かりますが、東アジアの空白について、手嶋さんは早くから危機感を持っていた、ということですか。

手嶋:2006年当時、北朝鮮の核・ミサイル危機は、静かに確実に進行していました。しかし、一般の人たちはおろか、日米の政府関係者ですら、危機感はまことに希薄でしたね。そうでなければ、北の核・ミサイル開発をかくまで放置するはずがありませんでした。

清野:06年に北朝鮮が行った核地下実験については、国連が制裁決議を採択しましたよね。でも、国内メディアの報道は、むしろその性能の稚拙さを指摘するもので、私たち市民の反応も、全体的に小ばかにしていた記憶があります。

 米国が中東に力を偏らせた背景には、「やつらに本格的な核搭載の長中距離ミサイルなどできるはずがない」と、北朝鮮を甘く見たところもあったのではないしょうか。

手嶋:考えてみれば、核もミサイルも第二次世界大戦で実用化された兵器の“ジェネリック製品”ですから、技術やデータは揃っている。ですから、基本的に「開発できない」と安易に考えるべきではありませんでしたよね。

清野:米国で東アジアから中東への力のシフトが起きた――それは理解できましたが、米国が読みを誤った要因は、北朝鮮の技術力、それだけですか?

手嶋:またまた鋭いご指摘です。当時のブッシュ共和党政権の特徴を一言でいえば、ネオコン政権だった。それと大いに関わっています。「ブッシュの戦争」を主導したのは、政権内のネオコン勢力という、新しいタイプの保守主義者でした。

清野:出ました、ネオコン。ネオコンという言葉のイメージは悪いですよね。「力」が好きな、おどろおどろしい人たち、という印象が先に来ます。実際にどんな人たちだったのでしょうか?