手嶋:これまた清野さんに「はぐらかすな」と、叱られそうですが、やはり、政治情報都市ワシントンに赴任した経緯から説明しなければ、と思います。

 以前に『日経ビジネスオンライン』でお話した通り(「それ、手嶋龍一じゃなくて寺島実郎さんです」)、私は1980年代後半に、永田町の政局取材と縁を切って、ワシントン特派員として米国に赴任します。

清野:補足しますと、手嶋さんは74年にNHKに入局されて、外務省や首相官邸などの取材を担当され、87年にワシントン支局に赴任。91年までの4年間、ワシントン特派員を務められたんですね。

手嶋:ワシントンという街は、ニューヨークやパリと違い、ろくなレストランもない。その点では実に残念な街なのですが、その一方で報道のメジャーリーグらしく、一級のプレーヤーが勢揃いして、実に刺激的な仕事をしていました。

 メジャーリーグ級のジャーナリストだけでなく、真の意味でのパブリック・サーバントや、インテリジェンス・オフィサーが棲みついている、実に懐が深い政治情報都市なのです。まだ30代の若輩だった自分は、「ああ、この街は、こうした人々が動かしているんだなあ」と、一種、啓示の念に打たれました。そんな彼らと仕事をしているうちに、自分の内面にも化学変化が起きたように思います。

清野:91年に日本に戻った手嶋さんは、政治部記者として外交・安全保障を担当し、94年にはハーバード大学の国際問題研究所(CFIA)にシニアフェローとして招聘されます。そして95年に、米国から直にドイツのボン支局長として赴任。97年には、二度目のワシントン支局に赴かれ、2005年まで、実に8年間にわたって同支局長を務められました。

手嶋:私以上に詳しい。追い詰められますね。

清野:ワシントンでは、歴史的な戦争、紛争の取材を手がけられました。

「だって、CIAの人は面白くないんですよ」

手嶋:パナマ侵攻(1989年)、湾岸戦争(1991年)、アフガニスタン戦争(2001年)、さらにイラク戦争(2003年)と、大小のものを含めて十を超える「超大国の戦争」と付き合いました。

清野:これぞ、まさしく同時代史ではないですか。

手嶋:でも、その取材では苦労しました。常の取材なら、何とかこなせるのですが、超大国が力の発動に踏み切ろうと、密かに歩み出そうとする時には、上質なインテリジェンスが必要になります。ということは、そのコミュニティに棲む人々の情報力に頼らざるを得ません。

清野:そんな簡単に頼れるのですか?

手嶋:大統領が作戦当局に侵攻計画の策定を極秘裏に命じる。それが簡単に漏れるはずはありません。でも、岩の割れ目から少しずつ水がにじみ出るように情報は伝わっていきます。国家の究極の武力行使とはそういうものです。戦争マシーンがそっと回り始める瞬間を感じ取る。そのためには、こちらも真剣勝負でインテリジェンスの感度を磨かざるを得ない。

清野:『ウルトラ・ダラー』では、英国人のBBCのジャーナリストにしてインテリジェンス・オフィサーの、スティーブン・ブラッドレーという人物を主人公にしています。日本人ではお話にならない、ということはよく分かりますが、これはなぜ、アメリカ人じゃなかったのでしょうか。

手嶋:なかなか鋭いご指摘です。これを言ってはおしまいなのですが、米国のインテリジェンスってあまり面白くないんですよ。