手嶋:この作品が生まれたのは、21世紀の幕が上がった直後でした。基本的には今もそうですが、当時の日本は巨大な軍備、とりわけ核兵器、長距離ミサイル、空母打撃群を保有していませんでした。

 ただ、今後も日本が主権国家として“鋭い牙”を持たないのなら、ウサギがそうであるように、少なくとも“長い耳”は持っていなければいけません。長い耳をそばだてて、遥か彼方の微かな異変を、他者よりも何層倍の鋭敏さで感じ取り、それが引き起こす危機を予測し、危険を避けなければならない。

清野:そんな高度なことはとてもとても……と、うかがうそばから腰が引けてしまいます。でも、腕力がないなら、それに対抗できる知性なり、知力なり、戦略なりを持たねばならない、ということは分かります。

手嶋:牙を持つか、長い耳を持つか。それはそれぞれの国が決めることです。しかし、今の日本は、そのどちらも持っていない。

清野:やはり、長い耳も持っていない?

手嶋:個人や企業はともかく、国家は持っていません。日本の国家組織に、対外情報機関はないのです。国家としてインテリジェンス・オフィサーを海外に配し、そこから上がってくる情報を精緻に分析し、国の舵取りを委ねられている政治指導者に、誤りなき決断を促す……という機能は、残念ながら日本政府にはありません。

清野:それでやっていけている国は、ほかにもあるのでしょうか。

野暮な説教より、エンタテインメントで書いてみました

手嶋:日本のような経済大国ではちょっと見当たりませんね。ただし、国際社会のコンテクストからいって、21世紀初頭には世界第2位の経済大国だった国家が、牙も耳も持っていないなど、信じられますか。そういう国は、いずれ巨大な悲劇に見舞われていくのが歴史の習いです。

 しかし、「危機意識を持つべきだ」などと説教しても、野暮なことですので、私は『ウルトラ・ダラー』という「物語」を書いてみたのです。

清野:その「物語」の核心となる設定とプレーヤーたちは、北朝鮮、ウクライナと、十数年後の今、テレビや新聞が報じるニュースそのものですが。

手嶋:「あっ」と思われるくらい言い当てて見せなければ、誰も聞く耳は持ってくれませんから。予想のちっとも当たらない競馬新聞になってしまいます。

清野:あの、手嶋さんは、どこからこれらの情報を得られたんですか?

手嶋:……。

清野:これ、聞いてはいけないことでしょうか?

手嶋:普通は聞きません(笑)。情報源の秘匿は、我々の命ですからね。

清野:いや、分かりますが、少しだけでもヒントをください。

手嶋:インテリジェンスの機微に触れるご質問で、困ったな。回り道をしますが、やや別の角度から説明をします。