手嶋:自国が危機にさらされている、というのなら、そのような世界地図を頭にイメージし、外からの視点を持つことが重要です。しかし、今の日本では、そういった国際的な文脈からの自国理解が脆弱なのです。

清野:耳が痛いです。

手嶋:個人だけではありません。役所や企業をはじめ、大きな組織も、中小の組織も、そのような文脈の上で、彫琢されたインテリジェンスを身に付けることにおいては、世界に後れを取ってしまっています。

清野:一時は世界第二の経済大国に上り詰めたNIPPONが、なぜ、そうなっているのでしょうか。

手嶋:私の専門からお話しますと、戦後の日本は、インテリジェンスを武器に、苛烈な国際政局を生き抜く必要が、あまりなかったからでしょう。まずは、その一言に尽きると思います。

求められなかったから、育たなかった

清野:俗に、インテリジェンスには「諜報」という言葉があてられていますよね。でも、それだと「スパイ大作戦」のイメージですね。

手嶋:諜報ですと「スパイ活動」、つまり「非合法な情報活動」といったニュアンスになります。しかし「インテリジェンス」という語感は、もっと奥深く、幅広い。有能なスパイがくわえてきた生の情報を、別の情報と突き合わせて、その背後に埋もれている本質に迫っていく業です。

 たとえば明治という時代を振り返ってみましょう。明治は、森鴎外や福澤諭吉といった偉大な知識人を生みました。彼らの世代は、西洋の言葉にあった概念を「自由」「経済」といった新しい漢語にしてみせました。その多くが後に中国に"輸出"されて、現代中国語として使われています。

清野:え、そうなんですか?

手嶋:はい、そうなんですよ。軍人でもあった森鴎外は、「インテリジェンス」の字義を正確に理解していたそうですから、人々と社会の側に切実な求めがあれば、適切な翻訳を考えていたかもしれませんね。

清野:なぜ、「インテリジェンス」に的確な訳語が生まれなかったのでしょうか。

手嶋:巨視的にいえば、戦後の日本が冷戦の温室に入っていたからです。

清野:「冷戦の温室」?

手嶋:日本は米ソ冷戦の寒風にさらされるプレーヤーではなかった。米国という超大国の核の傘の下に、ひっそりと身をすくめていたのですから。

清野:そこですね。「米国の核の傘」という言葉は、うっすらとは感じていましたが、あまり正面切って向き合いたくなかったのでした……。