しかしながら、医療機関として入院期間が満了したとして認知症高齢者を受け入れる家庭にはその対応余力がないケースが多い。実際に、先の厚生労働省分類における「急性増悪時」から「中期」以降の認知症患者を家庭が受け入れるとき、極端に困難が訪れる事例報告はむしろADL(日常生活動作)よりもIADL(手段的日常生活動作)に顕著に表れる。認知症患者を抱える家庭の大きなストレスは介護そのものよりもこのIADLの欠落や、認知症状が進んだ結果としての人格の喪失や徘徊に対するケア、さらには家庭内でところ構わず行ってしまう排泄の処理だ。人としての尊厳を失わないうちに進行した認知症患者を適切に対処や処置する仕組みが求められる点は、本人だけでなくそれを支える家族のためであって、それが2025年には500万人以上の苦悩を引き起こすことは目に見えている。

要介護認定から漏れ、経済的に逼迫、合併症も

 すなわち、日々の活動の中で歩いたり、ベッドから起き上がる、歯を磨くあたりから、排泄、入浴ぐらいまでであれば実施可能だという認知症患者は多数存在する。これらは、先に述べた厚生労働省の要介護認定のレベルからすれば、要介護度さえつかないレベルで日常生活は可能と判断されることになる。認知症がある程度進んでいると見られるのに、要介護認定がつかずに行政の目が行き届かなくなるケースが多い理由はここにある。実際に、事例研究でも80代女性の日常生活に不便はないと判断されたにもかかわらず、買い物に出かけられず栄養失調になるケースは事欠かない。高齢者本人が「できる」けれども日常的に「している」とは限らないうえ、バランスの良い食事を摂れているかや医師から処方された服薬が決められた通り飲むことができるかは、実際に生活の中に立ち入ってみない限りなかなか判然としないのだ。老々介護の現場においては、本人も配偶者も一緒に認知症になる悲惨なケースは特にケアが必要だと考えられる。

 加えて、人間が社会生活を送るうえではこれらの初歩的な生活動作だけでは暮らしていけない。電気代ガス代水道代は払わなければならないであろうし、買い物や口座管理といった、普段使いのために必要なお金の出し入れを本人が意志として充分に実施できる状況にない限り、文化的な生活を送る健常な人間とは言えなくなってしまうのも現代社会の特徴である。認知症患者はこの急性増悪期以降、個人差もあるが数か月から一年半程度でIADLの機能を喪失する可能性が指摘される。精神病床における認知症入院患者に関する調査概要では、認知症が原因として入院せざるを得なくなった高齢者454名を対象に実施した調査の結果が事態の困難さを示している[6]。すなわち、食事の用意が困難と判断された高齢者が95.4%にのぼったのをはじめ、金銭管理が困難と判断される高齢者が97.4%。家事全般が同92.9%、薬の管理が96.0%である。

 認知症以外の合併症を患っている高齢者は447名中388名の86.8%にも及ぶ。もっとも認知症状との合併症を起こしているのは上位から脳血管障害、高血圧、肺炎の順であり、基礎的な生活疾患である糖尿病、心疾患を含めると認知症を押し留めるにも医療で措置を行うには限界があることが良く理解できる。認知症の進行は、重度な他の合併症を呼び込んでいるということでもあり、円滑で安定した社会生活を送っていても糖尿病や高血圧その他の生活習慣病疾病の慢性化を伴って認知症にいたり取り返しがつかなくなるケースや、脳内出血など脳に関わる重篤な病気の後遺症として高次脳機能障害を経て認知症に至るケースも充分に想定する必要があろう。

 一方、認知症における割合が増加していくことが見込まれるアルツハイマー型認知症について、現状では決め手となる寛解、治療、予防の手段が確立していない。アルツハイマー型認知症による認知症の症状が出現する場合は、その出現の十数年前から脳内では特定のタンパク質の異常な蓄積が既に始まっている。自覚症状もなく、定期的な医療検診でアルツハイマーの初期症状を見つけることは極めてむつかしい。具体的に認知症と診断される時期には、相当の神経細胞が機能不全に陥り脳の委縮が相当程度進んでしまっていると考えられている[7]。そうである以上、今後激増が予想される認知症患者の、生活習慣由来であれアルツハイマー型であれ、これらの認知症予防は大変に困難であって、立てるべき対策も極力生活水準を維持するためのアプローチと受け皿づくりでどうにかしなければならない、という結論にならざるを得ないのが実情なのだ。