生まれたばかりの赤ちゃんがいきなりは社会性を備えないのと同じように、これから寿命を全うしようとする高齢者も死に向けて様々な機能を失いながら生活している。何らか保護者の世話を受けなければ生活が立ち行かない。認知症の進行の程度によっては社会性を完全に失うような状況にも容易に陥るうえ、本人の自覚症状の有無にかかわらず認知症患者が家族にいるだけで相当な家計的負担を強いる。

 子供の発育状況に個人差があるように、認知症の原因や経緯も様々であって、認知症患者を保護する家族の受け入れ度合いや症状の進行スピードも異なるため、認知症患者がいるからといって介護事業のようにどこまで踏み込んでよいかの線引きが極めてむつかしい。それゆえに、認知症対策には介護問題とは別の体制が必要とされる。2015年(平成27年度)予算案から盛り込まれている内容から見ると、医療・介護専門職による認知症初期集中支援チームの配置、医療・介護連携のコーディネーター(認知症地域支援推進員)の配置等、早期診断を行う認知症疾患医療センターの整備と、生活支援コーディネーターの配置等に予算が大きく振り分けられている[4]。家族のいない認知症患者に対するケアを行うためにも民生委員やコーディネーター、認知症サポーターといった制度に従事する人たちを増やすことは急務だが、そのほとんどは薄給か無報酬でのボランティアに近い状態であって、人数的な充足も、一人当たりの活動時間の確保も、認知症その他に対るケアのスキルや知識も、爆発的に増加する認知症患者の前には追い付かない状況に陥りかねない。

「to be」と「can be」をいかにすり合わせるか

 認知症対策を考える上で、特に問題となるのは認知症がもたらす生活上の機能低下がどのレベルで発生するかである。まさに政策上の「to be」(おこなうべきこと)と「can be」(起きるであろうこと)のすり合わせが求められる局面であるが、日常生活動作(ADL)レベルと要介護認定のレベルで調査する場合、脳卒中などの疾病の後遺症やがん治療中の患者などと並行してスパイラルな機能低下を起こした高齢者が不可逆に症状を悪化させ、高次脳機能障害を引き起こす状況が多数報告されている[3]。現状では、厚生労働省が介護度レベルを決定するための「1分間タイムスタディデータ」が基準となっており、根拠となっているのは高齢者約3,500人を対象として48時間にどのような介護サービスがどれ位の時間をかけて行われたかを調べて算出したデータが中心である。

 しかしながら、臨床例でしばしば報告されるのは「認知症の具体的な進行度合いと、介護保険で認定されるスタディデータが必ずしも一致しない」ことにある。簡便な例では、判定員という見知らぬ人物からヒヤリングされる痴呆症高齢者が、外部の刺激を受けることでその受け答えや動作テストのときだけ「シャキッとして、普段できないこともできてしまう」ことや、日常で困っていることが口頭では「できる」と説明してしまい要介護認定のレベルが下がる傾向にある。それ故に、要介護認定のレベルで認知症問題という人間の内面、脳の機能を調査しようと思っても、なかなか実態にたどり着かないという問題を引き起こす。

 認知症の進捗度を示す日常生活自立度と、介護保険を受ける上で必要な要介護認定のレベル判定とで差がある以上、本来であれば心・知覚能力と身体・生活能力とを分けて高齢者を判断し対策を打ってきた従来の政策方針を微修正する必要が出てきているのだ。

 それ故に、厚生労働省が策定した「新・オレンジプラン」の中では、日常生活自立度のランクに基づいて認知症の進行度合いを示すアプローチを「発症予防」「発症初期」「急性増悪時」「中期」「人生の最終段階」としたうえで、医療、地域、家庭の役割を明確にしながら対策を立てるとしている[4]。認知症の早期鑑別の重要性についてはかねてから指摘がなされており、とりわけ「物忘れ外来」で対応されることの多いBPSD(認知症の行動・心理症状)については、入院の95.2%が患者本人での対応が困難で生活に支障をきたすため診療即日入院とする措置が取られる。

 一方で、入院経過に伴い認知症症状が快癒するケースも少なくなく、入院1ヶ月時点でBPSDはほぼ改善し、BPSDの治療に要する期間は約1ヶ月が妥当と考えられるため、入院後すみやかに退院に向けてサービス調整を行う必要がある[5]。妄想や幻覚、強い抑うつ症状と不快感などNPIスコア(Neuro Psychiatric Inventory)の改善は入院後、適切な投薬治療が行われれば83%から87%程度の患者の精神状態は快方に向かう。その人たちは改善が見られれば退院してくるものの、処方される薬を飲み続けなければ再び深刻な認知症状に陥ることになるため、退院後も誰かがケアしてあげなければならない。すなわち、認知症を社会的に受け止めるためにはどうしても医療機関だけでなく家庭や地域の受け皿が必要になるのだ。

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