高齢者による犯罪への考察では、現在の刑法において起訴され有罪とされるのは「責任能力のある人物に限る」という点は加味しなければならない。つまり、すでに認知症を発症してしまっている高齢者が行う犯罪への検挙は、かなりの割合が不起訴か、書類送検すらされないと見られる。認知症による心神喪失とされると、責任能力なしと判断され起訴猶予ではなく犯罪不成立となる。そして、その高齢者は問題を抱えたまま、家族や地域に帰されることになる。

疎外と貧困問題、地域定着支援に光明も…

 そして、高齢受刑者には必ずと言っていいほど、社会から疎外された貧困という問題がつきまとう。高齢者犯罪の実態研究では、明らかに社会に行き場のない事実に対する戸惑いや鬱積が浮かび上がる。「経済的に困ったとき助けてくれる人はいますか?」の問に対し、「いない」と答える高齢受刑者の割合は42.6%。「あなたの現在の生活で、悩みや心配事はありますか」と聞くと、複数回答で「健康がすぐれない」46.4%、「お金がない」34.5%、「仕事がない」30.9%、「借金がある」15.5%と続く[2]。健康を害し、働けなくなった老人が、助けてもらえる人もいない状況で生活費に困り犯罪を繰り返してしまう姿は、受刑者のインタビューからも垣間見えよう。

 この現実を受け入れる関連省庁、地域、自治体も政策的な対応に奔走している。厚生労働省では矯正施設退所者の地域生活定着支援(地域生活定着促進事業)[5]として、釈放後に必要な福祉サービスを受けることが困難となっている、高齢や障害を理由として釈放後の行き場のない人に対し矯正施設収容中から、矯正施設や保護観察所、既存の福祉関係者と連携する仕組みを構築している。その結果、2014年には受け入れ調整(コーディネート)された者が年齢の別を問わず1,396名、うち半分以上の752名がコーディネートされた受け入れ先である帰住地に入所した。

 このうち、再犯に及んだとみられるケースは確認できない。この良好な結果を見る限り、高齢者による犯罪については釈放後の居場所確保と、経済的な安定、活動での出番を準備することが再犯率を引き下げる大きな要因になっていることは理解できよう。高齢犯罪者は、原則として関係者の献身的な努力もあったうえで受け入れ先さえきちんと用意できれば、再犯率を効果的に引き下げることは可能だ、と評される。分類を細かく見ると、65歳以上の帰住者のうち、中度以上の知的障害を持つ者は355名中46名(12.9%)、精神障害を持つ者は355名中54名(15.2%)と一般社会における知的障害、精神障害の罹患率からすると格段に高い(平成28年度版『障害者白書』)[6]。

 また、帰住者分類の65歳以上のカテゴリーでは軽度認知症や精神的なものも含む障害を持つとみられる者も、355名中238名の中に入っている。社会から切り離され孤独に暮らしている高齢者が、人との関わり合いを絶たれて健常的な判断能力を喪失し犯罪に及ぶ場合も広く見られる。貧困や社会との断絶によって孤立した高齢者が犯罪に及ばないようにするには、家族単位、あるいは更生保護施設、グループホームなど孤立を避けるためのユニットを充実させていくことが重要だ。犯罪に立ち入らない精神的安定を企図したり、家族や高齢者同士の監視を行うことしか解決へと導く方策がないのもまた事実である。

 一方で、時系列でみた場合に完治のない不可逆の疾病でもある認知症については、ひとくちに人とのつながり、見回り、監視といっても馴染まない状況であることもまた多く見られる。独居老人が独居である理由として、性格、価値観、環境その他、一人で暮らすことを人生の経過の中で選択しているケースから、伴侶に先立たれて結果として独居になってしまうケースまで様々である。地域とのかかわり自体を持ちたがらないうえに、現在住んでいるところから離れたくないと希望する独居老人がどの省庁、自治体の調査でも過半である。東京都が実施した実態調査では、認知症が疑われる250名を対象に訪問による聞き取り調査を行ったところ、24.4%が「一緒に住んでいる家族はいない」と回答している(在宅高齢者実態調査 平成20年調査、平成21年発表)[7]。また、さいたま市の高齢者調査では、独居老人を示す単身高齢者率は12.9%と前回調査の3年前に比べて実数で36.6%増、単身率で18.3%増となっている(さいたま市高齢者生活実態調査 平成27年)[8]。

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