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 どこでもつながるユビキタス社会になり、あらゆるデジタル媒体で仕事ができるようになりました。公私が分けにくくなっている上に、AIやIoTの急速な普及で将来の仕事に不安を覚える機会が増えた方が多いのではないでしょうか?

 顔と顔を合わせての人間関係も希薄になる傾向です。男女機会均等法などでセクハラやマタハラは防止策が義務付けられていましたが、2019年度の通常国会で職場でのパワハラについても厚生労働省は防止義務付けを目指しています。

 パワハラが国によって定義づけられるわけですが、どこまでがパワハラになるのかを見極めるのは難しいところでしょう。一生懸命に指導したのが押しつけていると捉えられたり、期待していることを伝えたのがプレッシャーとなってしまったりしたら、それもパワハラ認定されるかもしれません。

 ビクビクしながらでは仕事に支障をきたし兼ねませんので、今後ますますコミュニケーション力を身に付けるのが、ビジネスパーソンにとって自分の身を守ることにつながるでしょう。

 ユダヤか華僑かと言われるほど、華僑はお金儲けの代名詞になっていますが、言葉も文化も違う国へ出て、ゼロどころかマイナスからスタートして成り上がっていく彼らから学ぶべきは、そのコミュニケーション力の高さです。

「言わずに分からせる」それが大物華僑の教え方

 そんな華僑の中でも大物と言われる人に弟子入りした筆者が師の教えをお伝えしていると、“瓶水を移すがごとく”教わったと思われがちですが、実はそうではありません。私が記憶、記録している師の言葉は、雑談の中から拾ったものばかりです。お金儲けにしても、処世術にしても「こうしなさい」と言われたことはないのです。

 今もそうですが、華僑の師はいつも黙って私の行動を見ているだけでした。私が失敗した時に「どこでつまずいたか、わかりますか?」と質問するのみです。ズバリと核心をつくことなく、私に考えさせ、答えを見つけさせるのです、それが師の教え方なのです。

 中国古典の『荀子』に次のような言葉があります。

 「言いて当たるは知なり。黙して当たるもまた知なり」

 意味としては、物事の要点をうまく言い当てるのも知者ではあるが、沈黙するべき時には沈黙して分からせるのも知者である、でいいでしょう。

 正に華僑の師の教え方は「黙して当たるもまた知なり」です。これであれば、どのような難しい状況であっても、パワハラと間違われることはないでしょう。

 これをマスターすれば、ビジネスにおいても「言わずして勝つ」が可能になります。ですが、この域に達するのは至難の業です。ビジネスパーソンにとって、「言わずして」といって何も話さない訳にはいきません。