人生は長いとも短いとも言われます。それはその人がどのような日常を過ごすかにかかっているという示唆に富んだ言葉です。その人の「人」という字は、人と人が支え合っている、という説があることは多くの読者の方もご存知かと思います。人が支え合うためには、そこには必ずコミュニケーションが必要になってきます。
生まれつきコミュニケーション能力に長けている人はいません。誰しもがコミュニケーション能力という処世に必要となる能力を高めていくわけですが、それが実践的でビジネスに使えるかどうかは、情報の仕入れ先により大きく結果が変わってくるというのは簡単に想像がつくと思います。
故郷を離れ、身ひとつで他国に乗り込んでビジネスを成功させていく華僑は、コミュニケーション能力に長けていると言ってもいいでしょう。では、華僑たちがコミュニケーション能力を磨く情報の仕入れ先はどこにあるのでしょうか? 家庭教育や学校教育がそもそも違う、と言ってしまえばそれまでですが、彼らに共通しているのは、四書五経をはじめとした古典に学んでいる、ということを見逃すわけにはいきません。
日本にも当然のことながら古典がたくさんありますし、どこの国にも古典といわれるものは存在します。彼ら華僑がまず学ぶのは当然、母国中国の古典です。古典というくらいですから、昔の言葉で書かれており、日本でも中国古典の翻訳本は人気書籍のいちジャンルになっていますが、注目すべきは彼らの解釈方法です。日本人が馴染んでいる中国古典は、いわゆる直訳、漢文をそのまま訳して時代背景をあてはめていくという学校試験的な要素が多く含まれています。これらを読破するのは教養を身につけるのに大きく寄与していることでしょう。とても素晴らしいことです。
コミュニケーションが得意な華僑たちはここに、自分なりの解釈を加えていきます。日本人の学び方がしっかりと文法を間違わず基礎固めをしていくのに比べ、華僑たちはその古典をいかに実践で使っていくかを常に意識しているのです。古典を読み、それを実際に使ってみて初めて意味がある、と考えているのですね。
日本の上方いろはかるたの文言にもなっているように「論語読みの論語知らず」にならないように気をつけたいものです。「論語読みの論語知らず」とは、表面上の言葉の意味は理解できており、それをそらんじてみたり話したりすることはできても、実際に使うことができないという皮肉を含んだ言葉として使われています。
コミュニケーション能力を発揮する場面はたくさん想定されますが、華僑たちが基本としているのは、仲間同士のコミュニケーションになります。仲間、友達とのコミュニケーションもままならないのに、お客さん、上司、部下とのコミュニケーションが取れるはずもなく、これは当たり前のことかもしれません。
無友不如己者=「損者」とは交流しない
仲間といっても、付き合っていい人と付き合ってはいけない人に分けられるのを論語で有名な孔子は次のように言っています。「益者三友、損者三友」。自分が交際してためになる友人には3種類あり、一方で損になる友人にも3種類いるという意味です。これを知っているのと知らないのとでは、コミュニケーションの結果が大きく変わってきます。本来、付き合ってはいけない人との交流はそもそも良くない結果を招くものであり、それを華僑たちは頭にしっかりと叩き込んでいるので、無用な駆け引きから解放されているのです。
では、「損者三友」の付き合ってはいけない人とは、どんなタイプの人でしょう? まず1つ目のタイプは、簡単なものが大好きな人=やすきに流される人、です。常に楽な方法を考えている人には近寄ってはいけないと戒めているのです。効率追求は一歩間違えるとこのタイプになってしまいますので、自分でも注意したいものですね。
2つ目は、八方美人な人=誰にでもいい顔をしたがる人、です。自分にいい顔をするということはほかでもいい顔をしているということですので、気づかないうちに様々なところで不義理をしていることに気づかなければなりません。不義理をしないまでも「調子のいいやつだ」と思われたり、派閥争いに巻き込まれたりするリスクが高まります。
3つ目は、雄弁な人=その場を繕うための口が上手い人、です。せっかく積み上げてきた実績や業績もうまい話に乗せられてすべてを台無しにしてしまった人は、古今東西問わずたくさんいます。
上記3つに当てはまるような人とは最初からコミュニケーションを取る気がないのが華僑の特徴です。そうは言っても仕事上、近所の付き合い上、仕方がない場合も出てくるでしょう。そういうときは接触回数・接触時間を最小にするように努めなければなりません。「類は友を呼ぶ」の言葉通り、損者は損者同士での付き合いを好みますので、まずは自分が損者になっていないかを振り返ってみることをお薦めします。損者の人が周りに多いと感じたら自分にそのような傾向がないか、身近な人にアドバイスを求めるのも1つの方法です。
自ら「益者」になれば「損者」は自然と離れる
自ら振り返るよりも簡単な方法があります。それは益者になる、ということです。先ほど類は友を呼ぶと書きましたが、益者になることによって損者が近寄って来にくい雰囲気を醸し出すことができるようになります。それでは益者とはどのような人をさすのでしょうか?
益者とは孔子いわく、①正直なひと、②誠実な人、③知恵知識が豊富な人――の3つのタイプです。順に説明していきましょう。まず正直な人=事実を事実として話せる人、です。ここでのポイントは馬鹿正直ではない、ということです。何でもかんでも正直であろうとすると誰かを不幸にしてしまう可能性がでてきます。正直者になるにしても同じく孔子の言葉の「君子は貞にして諒ならず」を頭の片隅においておきたいものです。「貞にして諒ならず」の意味は、「正直者ではあるが馬鹿正直ではない」という解釈でいいでしょう。
次に、誠実な人=長期的なものの見方ができる人、です。長期的に物事を捉えることができる人は、不誠実であることにはデメリットしかないことを知っています。人間関係、コミュニケーションというものは長く付き合うという前提条件があるほど、有意義なものになっていきます。
最後は、知恵知識が豊富な人=対応能力が高い、です。切磋琢磨するにはもってこいの人物ということになりますね。知恵というものは、既に持っている知識の組み合わせです。そう考えると自分は学歴がないから、知識が少ないから、とがっかりする必要がなくなります。組み合わせをしっかりと工夫していけば、いろいろ解決できるということになります。
自分自身が益者の3つの条件にあてはまるように努力していれば、おのずと損者は近寄らなくなってくるというのは華僑たちがよく口にすることです。このように見てくると、コミュニケーション能力を高めるとは、①正直な人、②誠実な人、③知恵知識が豊富な人、を目指して自分を磨いていけば間違わない、ということが分かります。
益者になればよい。そうはいっても100%損者との関わりは捨てられない、というのが現実です。では、損者に対抗していくために華僑たちがどのように賢く対応していくのかを見ていきたいと思います。
3タイプの「損者」を見破るポイントと対策
損者対策は、損者の特徴をしっかりと理解すれば、そんなに難しくありません、順番にお伝えしていきます。損者には3つのタイプがありましたが、まずは、簡単なものが大好きな人=やすきに流される人が近寄って来た場合を想定します。
やすきに流される人は、ある大きな特徴を持っているので、見抜くのは意外と簡単です。それは予定・計画の変更を頻繁にする、です。あなたの周りにもいないかチェックしてみましょう。もちろん、自分がそうなっていないかも。電車で行く予定だったのを突然タクシーに変更する、今日はここまで仕事を終わらせるという計画だったのに明日に変更する、など損者の予兆を発見する場面はいたるところにありますので、見破りましょう。
見破ったあとは対策を講じます。対策として有効なのは先手を打つことですが、この場合、宣言公言してしまうのが一番簡単です。電車での移動の予定があるなら、「今日は●●線で●●駅に●●時発の電車に乗ります」だけで大丈夫です。今日やろうと決めていた仕事の計画も同じようにすればいいですね。損者の人から見れば、融通の利かない真面目なやつだ、と思われますが真面目だと思われるのは大歓迎です。これを繰り返し習慣にしていくと、損者は自然にあなたから距離をおくようになっていきます。
2つ目の、八方美人な人=誰にでもいい顔をしたがる人は、一見柔軟性に富み臨機応変に振る舞うのが得意なように思われますが、基本的に自分の意に反することでも「ふんふん」と頷けるイエスマンと言えます。「ふんふん」とは言いいにくいことと、簡単に相槌を合わせられる話を混ぜていけば、こともなく見破れます。
「今日は天気予報で午後から雨だったので折りたたみ傘をもってきました」「ふんふん」、「今日は妻が珍しくお弁当を作ってくれたので楽しみです」「ふんふん」、「今日は雨が降るから仕事のやる気がでないんだよね」「ふんふん」となれば、要注意です。雨が降るとやる気が出ないといった好ましくない話も「ふんふん」であれば、かなりの確率で八方美人だと言えます。八方美人でない人は、ここで「そうですか」などと返答を変えてきます。コミュニケーション上手な人であれば、やんわりと否定感を匂わせてくるはずです。
このタイプの人は一見害がないようですが、自分がいないところで自分が言っていないことやしていないことが話題になったとしても、相槌、同調している可能性が高いので、知らないうちに濡れ衣を着せられかねません。これを放置するようでしたら、自分のリスク管理がしっかりとできていないと言われても仕方ありませんので、自分に近づけないに越したことはありません。
このタイプの損者への対策は、聞き役に徹するということです。八方美人の人の聞き役に回れば、様々な噂話の情報収集にもなりますし、その人にこちらから話さなければ、デリケートな話題に接した際にも、「そういえば彼(彼女)がそう言っていましたね」と、巻き添えを防ぐのが簡単になります。
最後に雄弁な人=その場を繕うための口が上手い人ですが、見破るのは結構難しい場合が多いです。なぜならば、その人が損者ではなく有能でどんな事象に対しても臨機応変に対応できることもあるからです。口だけではなく実際に実行力があるかどうかは、付き合ってみないとわかないとも言えます。また、優秀な人には雄弁な人も多くいますのでなおさらです。
見破るためには、距離感を意識すると良いでしょう。優秀な人は近づいても、遠く離れても、変わらないのが特徴です。ある程度の距離をとったところから少しずつ近づいてみたり、あるいは離れたりしてみれば、その人が真に優秀で雄弁なのか、口がうまいだけの人なのかは、実行能力という点で違いがでてきます。
このタイプの人は頭の回転の早い人が多いので、対策にも注意が必要です。離れていくのがバレたが最後、その口の上手さという武器を使ってどうとでもされてしまいます。華僑たちがよく使う手をご紹介しましょう。褒め称えるのです。少し前の日本の政治の世界でもよく目にした「褒め殺し」というものです。損者でない優秀な人は、褒め殺しに対して注意を払っていますので、途中で弁舌をふるうのをやめますが、損者タイプの人はここで気持ちよくなって更に話し続けることでしょう。ですが、ここは“ずるゆる”の面目躍如です。時が過ぎるのを待つのが利口な処世術なのです。
上記でご紹介したことを、なかには「ずるい」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。ですが、中国人社会では、「賢い=ずるい」「ずるい=賢い」と表現されることが多くあります。言葉が不自由な状況でもビジネスを成功させていく華僑流処世術がここにあります。ずるさを知りつつ、それを使わない。あるいは少しだけ周りの幸せのために使ってみる。なので、“ずるゆる”なのですね。
何だか避けられている? 陰口の原因は…
それでは“ずるゆるマスター”の事例をみてみましょう。
中堅総合商社の業務部の課長補佐Rさん。部内の皆から人気の“ずるゆるマスター”の課長Kさんの部下でもあります。RさんはいつもKさんのことを尊敬しており、Kさんに教わったことはできる限り実行しようと心に決めているひとりです。
Rさんは最近、部内で居心地の悪さを感じていました。特にこれといった証拠はないものの、何か噂されているように感じる場面があります。つい先日もRさんが給湯室の前を通ると、数名で談笑していた部下たちが突然話すのをやめて全員が伏し目がちになり、Rさんと目を合わせないようにします。先ほども直属の部下が近くのデスクにお互い座っているのに、要件をメールで伝えてきたのです。「僕が何をしたんだ」と叫びたい衝動にかられるものの、そんなことができるはずもありません。
自分であれこれ悩んでも仕方ないと気づいたRさんはK課長に相談することにしました。定時が過ぎ、社内のざわめきに何となくソワソワしながら、RさんはK課長と約束している第一会議室に向かいました。
「どうしたのR君、浮かない顔をして」
「そうなのです課長。お恥ずかしい話ですが、何か部のみんなが私の陰口を言っているように感じていまして。居心地が悪くて仕方ないのですが」
「そうなんだ、何かあったのかい? 誰かを強く叱ったとか」
「課長もご存知のとおり、私は感情をあまり表に出す方ではありません。ですが、1カ月ほど前に、女性係長のTさんのネギの出荷について強く大声で叱ってしまったことがあります。あれは完全に会社にとって損失だったので、まさか…」
「へえ、そんなことがあったんだ、もう少し詳しくその件について話してくれる?」
「はい。我が社の青果部門はそんなに大きな取り引きはしておりませんが、今回大口のネギの発注がありました。その時に、今まで付き合いのあった農家さんでは生産量が間に合わなかったので、生産量が多い違う会社をTさんが探してきてくれました、1社で賄えると言って。私は複数の農家さんに分散させた方がいいのではとアドバイスしたのですが、せっかくTさんが探してきてくれたので、任せることにしました。ところが納品後、発注元のスーパーから3分の1が根腐れしている、というクレームが入ったのです。このような理由で強く叱りました」
「なるほど、正直に話してくれてありがとう。兵法書で有名な孫子は知っているよね? 孫子の言葉に『智者の慮は必ず利害に雑う(まじう)』という言葉があるんだ。意味はね、賢い人が判断を間違わないのは、利と害、要は得と損の両面から物事を捉えることができるから、というものなんだ。
今回の件で考えてみると、生産量が大きい会社から仕入れられれば送料も安くなるし、伝票処理なども楽になる、Tさんの経験値も上がる。それは利の部分だね。そして、害の部分はR君も分かっていたように1社に頼るとリスク分散ができないということだね。大口だから相手の会社が無理をするかもしれない、初めての取り引きだから実績がないところに口約束で信用するのは危ない。その害の部分が分かっていたなら、R君の立場としてはTさんにしっかりと説明して、利の部分だけを見てやすきに流れるのを止めるべきじゃなかったのかな? 伝えた上で任せたのに、Tさんを責めるのはよくないね」
「はい、課長のおっしゃるとおりです。それと、クレームで頭がいっぱいになっていたのか私の同期のW君に少し愚痴ってしまいました」
しっかりと人を見る力をつける
「そうだったんだ。じゃあ、今から私の言う通りに行動をとってくれる? まず、明日朝一番に、みんなに集合してもらって、先日のネギの件はリスク管理ができていなかったR君にも責任があることをしっかりと伝える。その時にTさんに謝る必要はなし。ただ、Tさんだけの責任のように叱ってしまったことに対しては、今後改める旨をみんなに伝えればいい。ネギの件をしっかりとみんなに伝えるんだよ」
「はい、かしこまりました」
「それと、これは今後だけれども、何か問題が起こったときには部外者には話さないこと! 正直者のR君のことだから愚痴といっても事実を曲げて話しはしないだろうけど、人から人へ話がどう伝わるかは分からないからね。君が損しないように、だよ」
実はK課長の耳には、RさんがTさんへセクハラをしたという疑惑の噂が入っていました。恐らくどこかで尾ひれがついたのだろうと K課長は思っていましたが、身から出た錆、今回はお灸をすえる意味でRさんが相談にくるまで黙っていました。
翌朝すぐにRさんは部下のみんなを集めてK課長の指示通り、ネギの件を丁寧すぎるほどに話しました。その後しばらくはギクシャクとしたムードが続いたものの、2週間も経つと以前と居心地が変わらなくなっているのに気づきました。セクハラ疑惑の噂が消えるのに2週間かかったということですね。
“ずるゆるマスター”K課長の素晴らしいところは、Rさん自身が「損者」にならないよう、実地で指導したところです。人を見て話せと言っても、変な猜疑心を生むだけです。人の噂も75日という言葉がありますが、根も葉もないことであれば実際はそんなことはありません。2週間も過ぎ、誤解だったと分かれば、多くの人の関心は他の噂話に移る。K課長はそれが分かっていたから、Rさんにあえてお灸をすえたのです。
「益者三友、損者三友」――しっかりと人をみる力をつけることで、“ずるゆるマスター”に近づけます。なぜか絶対にトラブルに巻き込まれないあの人は、この「益者三友、損者三友」を理解している“ずるゆるマスター”かもしれません。
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