「いえいえKさん。もしかして、私の発注ミスだったかもしれません。Qさんは普段よくしてくれています。ですが今回は我が社としましても大々的なキャンペーンなので、なんとかして欲しいのですが、できますか?」

 「勿論ですとも。ではQ君は次のお約束のお客様のところへ行ってくれるかい? 私がD社様のお話の続きを伺うから」

 D社のことがずっと気がかりのままQさんは1日を過ごし、夕方自分のデスクに戻ると、なんと指摘された箇所が赤に変更されたD社用のポスターが置いてありました。席にもつかず、QさんはD社に行き、OKをもらい印刷所への発注もギリギリ間に合いました。

 翌朝Qさんはいつもよりも30分早く出社しました。K課長に昨日のお礼を伝えるためです。間もなくしてK課長が出社してきました。「おはよう、Q君。昨日は大変だったね、間に合ってよかったね」「ありがとうございます。課長のおかげです」「ところでQ君ちょっとだけ時間いいかな?」「はい、もちろんです」。

「暴君」にイラっとしない扱い方のコツとは

 会議室に入るなり、Kさんはすぐに話し始めました。

 「荀子の言葉に『暴君に事うる者は補削(ほさく)ありて撟拂(きょうふつ)なし』」という言葉があるんだ。この言葉は、暴君に仕えるときは、その間違いをフォローするのはいいけれども、訂正矯正してはいけない、という意味で使われるんだ。

 昨日のD社さんの担当者は明らかに自分が間違っていることに自分で気づいていた。でもそれを指摘されたら気分が悪くなるし、そのせいでキャンペーンに間に合わなくなったら、彼の今後がどうなるかがわからなくなってしまう。明らかに間違っているのに、白を黒と君に言わせようとした暴君だよね。暴君はそれのフォローをしてあげるととても喜ぶ。指摘すると怒って更に無理難題を押し付けてくる。これを覚えておいて欲しいんだ」

 「はい。やっぱりそうか、打ち合わせノートにもそう書いてありましたし、電話でも確認しておりましたので」

 「もうひとつ、Q君に覚えておいて欲しいことがあるんだけど、さっき僕が言った荀子の言葉の『暴君に事うる者は補削ありて撟拂なし』の前に、『聖君(せいくん)に事うる者は聴従(ちょうじゅう)ありて諫争(かんそう)なく』」という言葉があるんだ。その意味は、聖君、今回の場合は社内の仲間のことを指すけれども、仲間との間ではただ聞いているだけでよくて、何か不具合があってもそれを指摘する必要はない、という感じかな。他のメンバーがデザイナーに即対応してもらえているのに、今回Q君が即対応してもらえなかったのは、何か理由があるんじゃないかな?」

 「そうですね…。思い当たることがあるとすれば、デザイン部はお客さんに怒られないからいいね、と言ってしまったことがあります」

 「なるほど、そんなことがあったんだね。正直に話してくれてありがとう」

 「いえ、こちらこそありがとうございます」

 「Q君、最後に。お礼をいう相手を間違っているよ。今からデザイン部に行ってお礼を言ってきたら、今後仕事がしやすくなるはずだよ」

 「はい、すぐにいってきます。ありがとうございました」

 「Q君、とにかく何かを気づかせてくれた相手には、ありがとう、と言うようにしてごらん。嫌な思いをした時も、ありがとう、と言えば、それだけで気分が楽になるよ」

 「ありがとう」を口癖にするようになったQさんのスランプはいつの間にかなくなり、今まで通り自信をもって仕事に集中できるようになっていました。

 Qさんは自分でも不思議な気持ちになることが今でもあります。「ありがとう」を口癖にするようになってから、今までちょっとしたことで「イラっと」していたのが全くなくなったのです。電車通勤中も誰かがもたれかかってきても、「ああ、疲れているんだな、僕も疲れているけど、それはお互い様だよね」と下車するまで肩を貸す余裕もでてきました。

 “ずるゆるマスター”のKさんの素晴らしいところは、Qさんに実地で指導したところです。「ありがとう」を口癖にしろ、と言ってもなんとなく意味が伝わらないことを知っていたKさんは、Qさんがピンチになるのを待ち構えていました、そして、そのピンチのタイミングでQさん自らが気づけるように仕向けたのですね。

 あなたの周りにいる、なぜかみんなにいつも協力してもらえるあの人は、“ずるゆる”を学んで、人知れず、「ありがとう」を連呼しているかもしれません。