賢い人は相手の非にも「ありがとう」で対応する

 それではずるゆるマスターの事例をみてみましょう。

 制作会社に勤めるQさんは、なぜかここのところスランプ気味です。1年前まではこのままいけば順調に大過なく会社人生を過ごせるという自信があったのですが、最近はその自信が揺らいでいます。

 特にこれだ、という理由は思い当たらないのですが、何が起きても何となくイライラする、ということには気づいています。ため息もよくつくようになりました。「あ~、まだ水曜日か、まだ半分も今週が残っているじゃないか」。今朝も出勤して自分の席に着くなりQさんはそう心の中でつぶやきました。

 嫌だなと思っても、今日やるべきこと、クライアント先を回って制作物の納期やデザイン、コピーについて打ち合わせるなど、諸々の仕事が目白押しです。外回りの準備をしているその時、ガチャンと大きな音を立てて同僚が部屋に入ってきました。そこで「イラっと」したQさん。「もうちょっと、静かにドアを閉められないのか、チェッ」。

 ですがビジネス歴15年のQさん。ここは平常心を保つために「まあ、彼はああいったところが雑だから、仕事も雑なところがでるんだよな」と自分に言い聞かせつつ、得意先へ向かうために地下鉄へ。

 「なんだよ、この人、さっきから僕に鞄が当たっているのに気づかないのかな、チェッ。周りのことに気が回らない人が多いんだよね、最近」。地下鉄の中でも「イラっと」しながら、それを堪えて1件目のクライアント先であるD社に到着。

 「えっ? Qさん、今日、例のポスターの見本持ってきてないの?」そう言われてミスに気づいたQさん。「イラっと」しながら準備をしたせいか、ポスターの件が頭から抜け落ちていたのです。「申し訳ございません、急いで社に戻って取ってまいります」。幸いなことにクライアント先の担当者は今日の午前中は他のアポイントが入っていないとのこと。ポスター見本を確認してもらい、すぐに印刷所に発注すれば事なきを得るとQさんは考えていました。しかし…。

 「え~、Qさん、ここの色は赤だと言ったのに、緑になってるじゃない、困るよ」。戻って取ってきたポスター見本を見て担当者はこう言います。Qさんは驚きました。なぜならクライアントからの指示が緑だったことは間違いないからです。

 「いえ、ここに先日の打ち合わせノートがありますが、確かに緑と書いてありますし、お電話でも緑でご確認させていただいたはずですが」

 「覚えてないなあ、赤のつもりだったんだけど」

 トボケる相手に「イラっと」しながらもポーカーフェースを保ったQさん。「左様でございますか。ですが、ここに緑と書いてありますので、今から修正に出すと早くても3日後になってしまいます」。

 「それじゃ、困るよ。3日後に使うんだから」

 「かしこまりました。今、弊社のデザイナーに電話をしてすぐに色を変えるように頼んでみますので、少し席を外させていただきます」

 「かくかくしかじかということで、今すぐに赤に変更してくれないかな?」。当然対応してくれるものと考えていたのに、デザイナーの返事は「Qさん、それは無理ですよ。いくらなんでも今日っていうのは」。「えっ、でもいつもZ君やRさんのときはその日に変更しているじゃないか、それくらいの情報は知っているよ」「無理なものは無理です」。

 今回のこのポスターは大口顧客であるD社にとっても、とても重要なキャンペーンで使うというのは聞いていました。Qさん大ピンチです。「落ち着け、落ち着け。まだ時間は2時間ある。そうだ、K課長に相談してみよう」。Qさんは社内で大人気の“ずるゆるマスター” Kさんになんとかしてもらおうと考えました。

 ラッキーでした。“ずるゆるマスター” Kさんは今日は社内にいる日だったので、D社まで来てくれることになりました。クライアント先の担当者の前に登場するなり、土下座せんばかりにKさんは頭を下げました。

 「誠に申し訳ございませんでした。D社様のご指示が赤だったのに、弊社の担当が間違って緑にしておりました。納期は必ず守りますので、お許しいただけますでしょうか? それと彼の間違いをご指摘賜わりまして、誠にありがとうございます」