ビジネスにおいてもプライベートにおいても、時間を有意義に使い、豊かな人生を送りたい。誰しもが願うことです。すべて思い通りにはいかないのが人生の面白いところ、などと余裕を持って構えていられる人は珍しい部類に入るのではないでしょうか?
余裕を持てない大きな要因の1つが「イラっと」するから、ということに気づいていない人が多く見受けられます。「イラっと」するとまず瞬時の反応が遅れます。いわゆる自動思考というものが遅れるわけです。自動思考が遅れると、一般的な思考も一時的な混乱を起こし、通常の動作が鈍くなります。それの連鎖によって、自分が思っているよりもタイムスケジュールが遅くなっていくのですね。また、「イラっと」して感情的になるのは、自分の弱点をさらけ出すに等しいことです。それに気づいていないのも、余裕をなくす原因かもしれません。
いち早く成り上がりたい、と考えている華僑たちは「イラっと」することのデメリットを知っているので、激しい気性で知られる漢民族や満州族も、一呼吸置くように訓練されています。「イラっと」しない、たとえ「イラっと」しても表に出さない彼らは「怒る」ということもめったにありません。
怒って相手を負かしても後悔が残る
「イラっと」しても怒らない。これはビジネスのみならず、家庭においても、友人関係においても非常に有効なのです。昔から言われていることに、「本当に強い人は喧嘩をしない」というものがあります。喧嘩というものは大抵、突発的に起こるものですが、強い人は自分が勝つのがわかっているので喧嘩をしません。
その理由を説明しましょう。喧嘩は突発的に起こるものということで、事故と捉えることができます。事故は加害者にとっても被害者にとっても何一ついいことがありません。交通事故で考えてみましょう。人身事故です。人をはねてしまった加害者の人にとっては、自責の念で苦しんでいる時に、警察や保険会社の人、場合によっては検察からの取り調べなど、次から次へと尋問が続きます。一方、被害者の人にとっても、「なぜ自分が」という思いは拭い去れませんし、賠償してもらうための状況説明を警察に、通院履歴を保険会社の人に、などと、これまたたくさんのことをしなければなりません。
喧嘩も同じです。勝っても負けても、お互い気持ちよく終わる、ということはありえません。部下や子供を叱るときも同じです。相手は部下や子供ですから勝って当然です。「しっかりしろよっ」ですとか「ちゃんと勉強しなさい」と勝つことは容易ですが、その後の気分はどうでしょうか? 大抵の場合、スッキリしないのではないでしょうか? もっとマイルドな言い方があったのではないか、もっと別の言い方があったのではないか、と反省してしまうことが多くあると思います。
言われた方も同じようになんだかスッキリしない気持ちになります。「しっかりやろうと思っているけれど、それができないから困っているんだよ」「勉強しなくちゃいけないのは自分が一番わかってるよ」と嫌な気分になるだけで改善には至らない場合が多いでしょう。
「怒るギリギリライン」を探って交渉上手に
逆を言えば、相手が怒るところを発見できれば、対人関係において優位に立てる、ということです。交渉ごとにおいて、相手が何を考えているのかがわかれば、半分以上の確率で勝つ可能性がでてきます。対策を打つことができるからですね。
ですから、相手の人がどのようなところで怒るのか、そのラインを知ることは非常に重要になってきます。冒頭にも書きましたが、人は怒ると思考が鈍ったり、停止してしまいがちだからです。そこをつくのが絶妙にうまいのも華僑が交渉上手と言われるゆえんです。
まず、交渉相手がどのようなことで怒るのかの「アタリ」をつけることがとても大切です。「アタリ」をつけたら軽くタッチしてみて、怒るギリギリのところを見極めます。中国人社会で一番重要視されるのは言わずと知れた「メンツ」ですが、日本人同士であっても相手のメンツを潰すような怒らせ方をしてはいけません。あくまで、どの辺りで「イラっと」するのかを探っていきます。
例えば、ドアを強めに閉めてみる、書類を渡すときや書類を受け取るときに荒っぽくやってみるなど。これで相手が「イラっと」したら、丁寧な対応を大切にする人であり、それを守っていれば、第一関門はクリアできる人だとわかります。
「イラっと」したかどうかは、口を見れば一番わかりやすいです。大抵イラっとしたときは顎を突きだすか、前歯の上下の歯を合わせるような動きをします。ポーカーフェースを意識している人は、奥歯を噛みしめるような動きを示します。口を左右に引っ張るようにする人もいます。
「イラっと」するラインがわかれば、そのギリギリをついて相手の集中力を下げていきます。先ほどの例で見てみると、ドアを強く閉めるもののノブには両手を添えて丁寧さを演出することによって、相手は「イラっと」しそうなのを飲み込みます。書類の受け渡しでは、雑に鞄から取り出したものの渡すときはゆっくりと渡す。すると、相手は「イラっと」しそうになりつつ、平常心を保とうと意識が散漫になります。このようにギリギリをついていくことによって、相手の感情を揺さぶることができますので、色々とミックスして小出しにすることによってこちらのペースに持ち込んでいくのですね。
ある言葉を口癖にすれば、「イラっと」しなくなる
逆もしかりで、こちらも「イラっと」したり怒ったりしてはいけません。少々のことで感情が動く人だと軽く見られたり、軸がぶれる人、最悪の場合は情緒不安定な人という烙印をおされたりしかねません。そこまで極端な評価にならなくても、すべてがコモディティ化している現代社会において、自身や自分の扱う商品を差別化するのに不利になるのはここまでお読みいただいた方には想像に難くないでしょう。
「イラっと」したり、怒らないようにしたりするための方法があります。まずは訓練から始めて、だんだん慣れてください。するとそれが当たり前になってきますので、交渉ごとや的確な状況判断がどんどん得意になっていきます。
その方法とは、「ありがとうございます」です。皆さんもよくご存知の「謝謝(シェエシェエ)」です。中国人や華僑たちは口癖のようにこの「謝謝」を連発します。日本語的な直訳でいくと「ありがとう」「ありがとう」と連呼しているようなイメージです。
華僑たちは異国の地で言葉がままならない状態で生活をしますので、何をやってもらってもまずは「謝謝」と感謝の言葉を口にします。たくさんの国に華僑たちが進出していますので、「謝謝」の意味を多くの人が理解しています。日本においても「謝謝」と言われれば、ありがとうと言われたというのは多くの人がわかるのではないでしょうか? 日本語で言うところの「ありがとう」を連呼連発する訓練をすることによって、怒らないようになっていくのです。ここにまさに“ずるゆる”の奥義の1つが隠されています。
痛い目にあっても「ありがとう」が正解の場合
筆者は華僑たちと過ごすようになって、この「ありがとう」が自然に身についていることに気づき、それによって大きく得をしていることを発見しました。あまりいい話ではありませんが、つい先日、私の知人が駐車違反のきっぷをきられたときの話を事例としてご紹介します。
モノを届けるだけの用事だったので、すぐに戻れば大丈夫だろうと考えた彼は、車を駐車場に止めずに路上駐車して友人宅を訪ねました。その間10分くらいだったでしょうか? 友人が見送ってくれるということで一緒に車まで戻ると、今まさに警察官が彼の車のフロントガラスに黄色い張り紙を貼っているところでした。
条件反射のように友人が「ちょっとちょっと、僕はここの住人でみんな停めてるよ、違反きっぷなんて聞いたことがない」と言って、警察官に詰め寄ろうとしたので、彼は知人を止めました。「ありがとうございます」。険しい顔をしている警察官の顔が一瞬だけ柔らかくなるのを彼は見逃しませんでした。
「いや~。お巡りさんご苦労様です。私はちょっとした用事なら路上駐車をするくせがあり、これはよくないと自分でわかっていました。路上駐車は通る車や歩行者の人の視界不良になり、事故を招く原因になります。ゴールド免許が密かな私の自慢でしたが、残念です。ですが、お巡りさんが今回違反きっぷを切ってくれたおかげで、これからは絶対に路上駐車はしない、と今心に誓いました。本当にありがとうございます」
ここまで一気に話すと、二人いた警察官は笑顔で「みんながそう思ってくれると、飛び出し事故などが減って助かります。私たちも憎くてやっているわけではないんでね。気をつけて運転してお出かけくださいね」と、彼のその後の運転まで気遣ってくれました。
駐車違反やスピード違反は、多くの人がやっているのに自分が見つかるなんて不運だ、と考え、警察官に怒りをぶつける人も少なからずいると聞きます。ですが、そこで「イラっと」することに何のメリットもありません。ましてや口論をふっかけるようなことをすれば、警察官の本来の仕事の邪魔にもなりかねません。
「一事が万事」とはよくいったもので、このように痛い目にあったような場合でも、それに気づかせてくれた相手に「ありがとう」と伝えることによって、交渉が上達していくのです。
賢い人は相手の非にも「ありがとう」で対応する
それではずるゆるマスターの事例をみてみましょう。
制作会社に勤めるQさんは、なぜかここのところスランプ気味です。1年前まではこのままいけば順調に大過なく会社人生を過ごせるという自信があったのですが、最近はその自信が揺らいでいます。
特にこれだ、という理由は思い当たらないのですが、何が起きても何となくイライラする、ということには気づいています。ため息もよくつくようになりました。「あ~、まだ水曜日か、まだ半分も今週が残っているじゃないか」。今朝も出勤して自分の席に着くなりQさんはそう心の中でつぶやきました。
嫌だなと思っても、今日やるべきこと、クライアント先を回って制作物の納期やデザイン、コピーについて打ち合わせるなど、諸々の仕事が目白押しです。外回りの準備をしているその時、ガチャンと大きな音を立てて同僚が部屋に入ってきました。そこで「イラっと」したQさん。「もうちょっと、静かにドアを閉められないのか、チェッ」。
ですがビジネス歴15年のQさん。ここは平常心を保つために「まあ、彼はああいったところが雑だから、仕事も雑なところがでるんだよな」と自分に言い聞かせつつ、得意先へ向かうために地下鉄へ。
「なんだよ、この人、さっきから僕に鞄が当たっているのに気づかないのかな、チェッ。周りのことに気が回らない人が多いんだよね、最近」。地下鉄の中でも「イラっと」しながら、それを堪えて1件目のクライアント先であるD社に到着。
「えっ? Qさん、今日、例のポスターの見本持ってきてないの?」そう言われてミスに気づいたQさん。「イラっと」しながら準備をしたせいか、ポスターの件が頭から抜け落ちていたのです。「申し訳ございません、急いで社に戻って取ってまいります」。幸いなことにクライアント先の担当者は今日の午前中は他のアポイントが入っていないとのこと。ポスター見本を確認してもらい、すぐに印刷所に発注すれば事なきを得るとQさんは考えていました。しかし…。
「え~、Qさん、ここの色は赤だと言ったのに、緑になってるじゃない、困るよ」。戻って取ってきたポスター見本を見て担当者はこう言います。Qさんは驚きました。なぜならクライアントからの指示が緑だったことは間違いないからです。
「いえ、ここに先日の打ち合わせノートがありますが、確かに緑と書いてありますし、お電話でも緑でご確認させていただいたはずですが」
「覚えてないなあ、赤のつもりだったんだけど」
トボケる相手に「イラっと」しながらもポーカーフェースを保ったQさん。「左様でございますか。ですが、ここに緑と書いてありますので、今から修正に出すと早くても3日後になってしまいます」。
「それじゃ、困るよ。3日後に使うんだから」
「かしこまりました。今、弊社のデザイナーに電話をしてすぐに色を変えるように頼んでみますので、少し席を外させていただきます」
「かくかくしかじかということで、今すぐに赤に変更してくれないかな?」。当然対応してくれるものと考えていたのに、デザイナーの返事は「Qさん、それは無理ですよ。いくらなんでも今日っていうのは」。「えっ、でもいつもZ君やRさんのときはその日に変更しているじゃないか、それくらいの情報は知っているよ」「無理なものは無理です」。
今回のこのポスターは大口顧客であるD社にとっても、とても重要なキャンペーンで使うというのは聞いていました。Qさん大ピンチです。「落ち着け、落ち着け。まだ時間は2時間ある。そうだ、K課長に相談してみよう」。Qさんは社内で大人気の“ずるゆるマスター” Kさんになんとかしてもらおうと考えました。
ラッキーでした。“ずるゆるマスター” Kさんは今日は社内にいる日だったので、D社まで来てくれることになりました。クライアント先の担当者の前に登場するなり、土下座せんばかりにKさんは頭を下げました。
「誠に申し訳ございませんでした。D社様のご指示が赤だったのに、弊社の担当が間違って緑にしておりました。納期は必ず守りますので、お許しいただけますでしょうか? それと彼の間違いをご指摘賜わりまして、誠にありがとうございます」
「いえいえKさん。もしかして、私の発注ミスだったかもしれません。Qさんは普段よくしてくれています。ですが今回は我が社としましても大々的なキャンペーンなので、なんとかして欲しいのですが、できますか?」
「勿論ですとも。ではQ君は次のお約束のお客様のところへ行ってくれるかい? 私がD社様のお話の続きを伺うから」
D社のことがずっと気がかりのままQさんは1日を過ごし、夕方自分のデスクに戻ると、なんと指摘された箇所が赤に変更されたD社用のポスターが置いてありました。席にもつかず、QさんはD社に行き、OKをもらい印刷所への発注もギリギリ間に合いました。
翌朝Qさんはいつもよりも30分早く出社しました。K課長に昨日のお礼を伝えるためです。間もなくしてK課長が出社してきました。「おはよう、Q君。昨日は大変だったね、間に合ってよかったね」「ありがとうございます。課長のおかげです」「ところでQ君ちょっとだけ時間いいかな?」「はい、もちろんです」。
「暴君」にイラっとしない扱い方のコツとは
会議室に入るなり、Kさんはすぐに話し始めました。
「荀子の言葉に『暴君に事うる者は補削(ほさく)ありて撟拂(きょうふつ)なし』」という言葉があるんだ。この言葉は、暴君に仕えるときは、その間違いをフォローするのはいいけれども、訂正矯正してはいけない、という意味で使われるんだ。
昨日のD社さんの担当者は明らかに自分が間違っていることに自分で気づいていた。でもそれを指摘されたら気分が悪くなるし、そのせいでキャンペーンに間に合わなくなったら、彼の今後がどうなるかがわからなくなってしまう。明らかに間違っているのに、白を黒と君に言わせようとした暴君だよね。暴君はそれのフォローをしてあげるととても喜ぶ。指摘すると怒って更に無理難題を押し付けてくる。これを覚えておいて欲しいんだ」
「はい。やっぱりそうか、打ち合わせノートにもそう書いてありましたし、電話でも確認しておりましたので」
「もうひとつ、Q君に覚えておいて欲しいことがあるんだけど、さっき僕が言った荀子の言葉の『暴君に事うる者は補削ありて撟拂なし』の前に、『聖君(せいくん)に事うる者は聴従(ちょうじゅう)ありて諫争(かんそう)なく』」という言葉があるんだ。その意味は、聖君、今回の場合は社内の仲間のことを指すけれども、仲間との間ではただ聞いているだけでよくて、何か不具合があってもそれを指摘する必要はない、という感じかな。他のメンバーがデザイナーに即対応してもらえているのに、今回Q君が即対応してもらえなかったのは、何か理由があるんじゃないかな?」
「そうですね…。思い当たることがあるとすれば、デザイン部はお客さんに怒られないからいいね、と言ってしまったことがあります」
「なるほど、そんなことがあったんだね。正直に話してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「Q君、最後に。お礼をいう相手を間違っているよ。今からデザイン部に行ってお礼を言ってきたら、今後仕事がしやすくなるはずだよ」
「はい、すぐにいってきます。ありがとうございました」
「Q君、とにかく何かを気づかせてくれた相手には、ありがとう、と言うようにしてごらん。嫌な思いをした時も、ありがとう、と言えば、それだけで気分が楽になるよ」
「ありがとう」を口癖にするようになったQさんのスランプはいつの間にかなくなり、今まで通り自信をもって仕事に集中できるようになっていました。
Qさんは自分でも不思議な気持ちになることが今でもあります。「ありがとう」を口癖にするようになってから、今までちょっとしたことで「イラっと」していたのが全くなくなったのです。電車通勤中も誰かがもたれかかってきても、「ああ、疲れているんだな、僕も疲れているけど、それはお互い様だよね」と下車するまで肩を貸す余裕もでてきました。
“ずるゆるマスター”のKさんの素晴らしいところは、Qさんに実地で指導したところです。「ありがとう」を口癖にしろ、と言ってもなんとなく意味が伝わらないことを知っていたKさんは、Qさんがピンチになるのを待ち構えていました、そして、そのピンチのタイミングでQさん自らが気づけるように仕向けたのですね。
あなたの周りにいる、なぜかみんなにいつも協力してもらえるあの人は、“ずるゆる”を学んで、人知れず、「ありがとう」を連呼しているかもしれません。
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