「やらないことリスト」で生産性向上と時短を両立

 日本でも中国古典は人気のジャンルになっていますが、華僑たちにとって中国古典は読書・嗜好のためではなく、実践のための書として読み継がれています。

 労働生産性アップのため、時間短縮にもなる言葉が『菜根譚(さいこんたん)』にあります。「人生、一分を減省せば、すなわち一分を超脱す」。意味としては、人生というものは、少しでも減らすことを考えれば、それだけ俗世間から抜け出せる、でいいでしょう。逆をいえば、増やすことばかり考えている者は、自らに手かせ足かせをつけてがんじがらめにしてるようなものだと言えるでしょう。

 仕事の管理で誰しもがやっているToDoリスト管理があります。何をやるか、ということを一生懸命に考える人は大勢いますが、「何をやらないか」を考える人は多くはありません。

 やることリストは、成果を出そうとすればするほど増えていきます。それが生産性の向上につながればいいのですが、そうではない状況になっている人も多いのではないでしょうか。

 一方、やらないことリストを作ることによって、生産性の邪魔になるようなことはどんどん除外されていくことになります。

 やらないことを決めることによって、生産性向上と時短が両立するようになります。「人生、一分を減省せば、すなわち一分を超脱す」が頭の中にある華僑は場合によっては荒っぽい仕事の進め方に見えることもあります。モノは考えようで、丁寧にすべきことは丁寧にしなければなりませんが、それ以外のことに対してもあまりにも気を遣うのは利口な態度とは言えません。業務遂行は緩急つけて、強弱があり、初めてメリハリのある成果物へとつながることを忘れてはいけません。

 「人生、一分を減省せば、すなわち一分を超脱す」の実践には、生活者意識がとても重要になってきます。誰しも働いている時は生産者でありサービス提供者です。その一方で、休み時間や終業後は、消費者でありサービス受益者になります。誰しもが生産者兼消費者なのです。

 サービス提供者であるときに、サービスを増やすことばかり考えていると、サービス受益者になったときに、もっともっとキメの細かいサービスをしてくれ、という思考につながりかねません。これは自分で自分の首を絞めていることになります。

 少し口の悪い表現ですが、一人の人がサービス提供者の時は過剰サービスをする人間になり、サービス受益者になったと同時に、もっともっとの神様になる矛盾に気づく人は、賢い人と言えるでしょう。