副業解禁、時差出勤、サテライトオフィスの普及など、どんどん新しい価値観が当たり前になってきました。起業などをしている人を除けば、多くの人は会社に利益が出ればそれがボーナスに反映される程度にしかお金について考える機会はあまりなかったのではないでしょうか? 現役世代は年金受給の多寡にかかわらず、しっかりとお金に向き合う時間を作っていくのも処世の一つです。
立身出世するのが一番、という価値観もどこか崩れつつあり、様々な生き方の選択肢があるのも現代日本の特徴でしょう。
世界でお金儲けと言えば、「ユダヤか華僑」と言われています。日本人と同じように儒教精神が根底にあり、同じような見た目の華僑から学ぶのも一つの案として有効です。
華僑と言えば、本国中国から離れ海外で自らの力で成り上がっていくストーリーが有名です。同じ東洋人の華僑がお金儲けの代名詞になる理由の一つに教育の違いが挙げられます。華僑は教育の中で中国古典を学んでいます。日本でも中国古典を学ぶ人は多くいますが、日本人の場合は、教養としての中国古典を学ぶ人が多いように思われます。しかし、華僑は中国古典を教養として学ぶのではなく、実践の書として捉え、それを利用するという意識が根強くあります。
IT達者な華僑があえて効率化しないこととは?
『論語』に「速やかならんと欲すれば、則ち達せず。小利を見れば、則ち大事成らず」という言葉があります。意味としては、なんでも速くやってしまおうとすれば何も手に入らず、小さな利益に目を奪われると事を成すことができない、でいいでしょう。孔子が歳若い弟子の子夏に授けたアドバイスですが、現代人にこそ必要なアドバイスかもしれません。
時間もお金もかけたくない、なんでも効率よくやりたい。多くの人が楽な方へ効率的な方へ流れる中、お金儲けの代名詞となっているやり手華僑は、楽でないこと、面倒くさいことをせっせとやっています。
時間もお金もかかる面倒くさいことといえば、まず思い浮かぶのが人付き合いです。 華僑はメールで済ませていいような件でもわざわざ出かけていって、直接会い、食事をしながら時間をかけて話をします。外食や買い物をするときは、知り合いがやっている店や知り合いから紹介された店を使い、別の知り合いにも紹介します。
華僑がなぜこのような面倒くさいことをするのかと言えば、リアルな人間関係や、その中で磨かれる人間的スキルに大きな価値があると考えているからです。古くさい考えのようですが、華僑の先見の明と、中国人のITリテラシーの高さを忘れてはいけません。世界中にネットワークをもち、ITを使いこなす華僑は、常に最新の情報を仕入れてどう動くべきかを考えています。それは新興国への進出の早さや、外国への投資や資産分散の的確さなどにも表れています。
先見の明があるから人間社会の基本を重んじる
華僑が海外で活躍する理由の一つにこの分散投資が挙げられます。歴史的に日本人は投資教育を受けておらず、最近でこそ投資信託を購入する人が出てきましたがまだごく一部の限られた人で、余ったお金は日本の銀行に預けているという人がほとんどではないでしょうか。
華僑が分散する意図はいたって明瞭です。明日はどうなるかわからない、それだけです。日本でも三国志などは人気ですが、中国は昔から政権が変わると庶民の身分まで昨日までと突然変わるというのを実体験として味わっています。
明日どうなるかわからないことと分散投資がどうつながるかがピンとこない方もいらっしゃると思いますので、ここで一つ為替について考えてみましょう。
5年後は円高になっているでしょうか? それとも円安になっているでしょうか? 円高になる、と確信をもっているなら円で預金しておくのは正解です。円安になる、と確信を持っているなら速く円を外国の通貨に換えておかないと行動と思考が矛盾していることになります。5年後、円高になっているのか円安になっているのかわからない、という人は少なくとも半分近くは円を海外の通貨に替えておくのが分散投資の基本的な考え方になります。
中国古典の『戦国策』に、「愚者は成事に闇く、知者は未萌に見る」という言葉があります。意味としては、愚かな人は物事の変化が具体的に現れても気づかず、物事の本質を知る賢い人は予兆もないうちに今後の変化を察して対策を講じる、でいいでしょう。
円安になって手持ち資産が国際的に二足三文になる前に対策を打っておきましょう、というのが先の為替の例でわかるのではないでしょうか? どうなるかわからないからこそ、微かな予兆を感じる必要があるのですね(ちなみに筆者は円安になるか円高になるかはわかりませんので、華僑のその考え方から学び、資産を円資産に偏らないようにしています)。
人間的スキルの向上がAI時代対策のひとつに
そんな華僑たちが現在、あえて面倒くさいことをするのは、来たるAI社会時代を読んでのことです、と言えば混乱する方もいるのではないでしょうか? 逆じゃないか? と。
AI、IoTが普及すると、効率が求められる仕事はAIやIoTのものとなり、人間に求められるのはAIやIoTを活用しつつ人間的に頭を使うことになっていきます。このような予測を新聞や雑誌などで見かけた方も多いのではないでしょうか?
作業を楽にすること、仕事を早くすること、コストを下げること。これらの「小利」に目を奪われると「大事成らず」になります。
「効率化」のために頭も時間もお金も使っている。それが悪いことではありませんが、あえて効率とは真逆の「面倒くさい」ことをやってみることも必要です。
例えば知らない単語などを調べるときに筆者は分厚くて重たい「広辞苑」を開きます。すると調べたいと思っていた以外の言葉も目に入ってきます。知っているつもりの言葉の意外な意味や出典を知って何処かで使おうと書き留めたり、ふと目についた言葉からアイデアが湧いたりすることはよくあります。
例えばこのコラムの元となっている「華僑」を広辞苑で調べてみると「中国本土から海外に移住した中国人およびその子孫」とあります。その近くには「架橋」=橋をかけること。「家郷」=ふるさと。「佳境」=景色の素晴らしく良いところ。などなどたくさんのアイデアの元となることが目に飛び込んできます。
まずはこういった日常的な面倒くさいことを色々とやってみて、人間的スキルを磨く機会を増やしみてはいかがでしょうか?
お金儲けの代名詞の華僑の中には、守銭奴よろしくお金ばかりを追いかける風潮を感じることもあります。それを戒める言葉もたくさん古典には出てくるのですが、その中でも有名な言葉をご紹介します。
『呻吟語』に出てくる「貧しきは羞づるに足らず。羞づべきはこれ貧しくして志無きなり」。意味としては、貧しいのは恥ずかしいことではない、恥ずかしいのは貧しくて志を無くしてしまった状態である、となります。
メンツ主義の華人が一番心しているのは「故郷に錦を飾る」です。成功の証として家族の家を建て、帰郷の際には親類縁者に山盛りのプレゼントを送る、これが華僑的スタンダードです。贈り物文化でもある華人たちが一時期日本でも爆買いをして話題になっていましたがこういう背景もあるのですね。
とは言っても、日本には仲間内でさえお金の話を堂々するのは憚られるという風潮があるのも確かです。また、効率を重視しない動きをしていると「なぜ、そんな面倒なことをわざわざやっているのか?」と指摘され、心が折れてしまう危険性もあります。ずっと一人で頑張っているととても疲れてしまうのも事実です。
ではどのように解決していけばいいのかを、“ずるゆる”事例で見てみましょう。
「ビジネス書を読むな」この忠告の真意を読めるか?
Pさんはとても困っています。働き方改革関連法案が通り、自由な働き方が容認される一方で、今よりも更に結果重視で判断されることに向けて、昼休みや休憩時間、早めに出社したときの合間に、ビジネス書を読むようにしていたら、それに対して上司から警告が入ったのです。
しかもその警告の内容が余計にPさんを混乱させました。
「マンガならいいけど、ビジネス書は読まない方がいい」
普通は逆じゃないかとPさんは困惑しているのです。鬱々していても仕方ないので“ずるゆるマスター”のT部長に相談することにしました。
「というわけで、次長からビジネス書を読まないように言われたのですが、なぜ、マンガならいいと仰られたのか皆目検討がつきません。もしかして、次長は私のことを思って忠告してくださったのではなく、何か失礼に当たることをしてしまったのでしょうか?」
「正直に話してくれてありがとう。次長はP君の邪魔をしようとしているのではなく、本当にP君のためを思って、マンガの方がいいんじゃない、と言ったと思うよ」
「確かにマンガでビジネスのヒントになるようなものもたくさんあります。ですが、休憩時間といってもオフィスでマンガを開けるのは、なんとなく気がひけます。ですが、ビジネス書なら仕事のためだということが誰から見てもわかります。休憩時間を効率よく使って仕事のための勉強をしているわけですから、逆に熱心だね、くらいに思っていただいてもいいように思うのですが…」
「ははは。そうだね、P君が言っていることは正しい。だからこそ次長は注意してくれたんだよ。人手不足で上層部はピリピリしている。そんな中で自由を尊重しなくちゃいけない風潮も日増しに強くなっている。人手不足で自由な世の中の風潮。そんな中で堂々とビジネス書なんか読んでたら、転職や起業でも考えているのかな、と勘ぐるというものだよ」
「なるほどですね。そういうことだったのですか? ですが、残念ですが、そのような狭量な上司の方の元で働きたくはないですね。それをお聞きすると逆に転職を考えてしまいます」
「ははは。それはそれでP君も狭量だね。中国古典の烈女伝に出てくる『孟母三遷』という言葉を知っているかい?」
「はい、なんとなくの意味は知っております。孟子の母が、幼い孟子をより良い環境で育てるために3度引っ越したという話だったように記憶しております」
「正解。会社には会社の、職場には職場の、空気というものがある。それをしっかりと把握して適した対応をしていくのもビジネスパーソンの務めの一つだよ。自分が活躍することばかり考えてちゃ、どこの会社でも通用しないよ。どんなに自由な働き方になったといっても、会社というものは一人ではなし得ないことを達成するために複数の人間が集まっている器だということを忘れちゃダメだ」
解決のヒントは現代流「孟母三遷」
「はい、ありがとうございます。ですが、私は転職や起業狙いではなく会社に貢献するために勉強したいと思っているのです。勉強を続けるために、先ほど仰った孟母三遷をどのように活かせばいいのでしょうか?」
「今はアフターファイブに気軽に参加できるセミナーや勉強会の類がたくさん開かれている。インターネットを使った勉強会などもたくさんあるだろう」
「はい、ですが、我が社一筋でやってきた私には難しそうに感じます。もし、参加したものの場違いだったら、どうしようという心配もあります」
「それは大丈夫だよ、集団のホメオスタシスが働いて、自然にP君のレベルもそこに合うようになってくる」
「ホメオスタシスとはなんでしょうか?」
「ホメオスタシスとは恒常性のこと。生物の体内の状態を平常に保とうとする性質のことなんだ。例えば体温でいうと、周りが暑くて体温が上がりそうになったら汗を出して熱を下げる。逆に寒い時は、ブルブル震えたりして体温を上げる。普段の状態に戻そうとする調整機能のことと思えばいい」
「なるほどですね、中学の理科で習った変温動物、恒温動物のアレですね」
「そう。それが人間の集団にも作用するというのが、集団のホメオスタシスだよ。レベルの高い集団の中では、レベルの低い状態が「異常」。だからレベルの低い人は、集団のホメオスタシスによって「平常」レベルまで引き上げられるんだよ」
「そういうことなのですね。安心して勉強会に飛び込めそうです」
「社外で様々なバックボーンを持つ人たちから刺激を受け、新しい学びを得、それを職場で活かして欲しい。自由な働き方や副業解禁の狙いはそこにあるということを知っておいて欲しい。一部では心無い人が、会社が給料を下げやすいように、または終身雇用を崩壊させるために副業解禁が進んでいると喧伝しているけれども、そういったネガティブキャンペーンは無視しておいたらいいよ。何事も、本質、真の狙いをしっかりと見るように心がけていけば、P君の未来は明るいよ」
「ありがとうございます。なんだか、とてもスッキリしました。明日から気分爽快でやっていけます」
2カ月後、Pさんは社内の新しい勉強会のリーダーに選ばれました。次長との関係も良好のようです。
昔ながらの浪花節を使うこともできるのに、最近のクールな働き方にもマッチしているあの人は、「速やかならんと欲すれば、則ち達せず。小利を見れば、則ち大事成らず」を地でいく“ずるゆるマスター”かもしれません。
拙著『華僑の大富豪に学ぶ ずるゆる最強の仕事術』では、中国古典の教えをずるく、ゆるく活用している華僑の仕事術を「生産性」「やり抜く力」「出世」「マネジメント」「交渉術」の5章立てで詳しく解説しています。当コラムとあわせてぜひお読みください。
Powered by リゾーム?