現代の忙しいビジネスパーソンの大きなストレスの一つに、時間があります。時間に追われることほど焦ることはないのではないでしょうか?

 当コラムでも以前に華僑がよく使うテクニックの一つとして「ゆるアポ」を紹介したことがありますが、沖縄人も常にゆるアポです。「15時に伺います」を「15時ごろに伺います」「15時前後に伺います」で随分と気分は楽になります。東京などでは電車1本くらい間違えても、アポで減点を食らう確率がグンと減ります。 

 ウチナーンチュはアポなし訪問もよくやります。「近くを通ったので、寄りました」と。アポなしで訪問すれば当然、相手が忙しかったり、不在であったりすることもあるでしょう。ここで「そうですか、失礼しました」で帰ったのでは、華僑流もうちなー流もマスターできません。「では、待たせていただきます」と相手を驚かせましょう。どうしても先方に時間がないのがわかってから帰ればいいのです。もうひと押し粘るだけで、相手の担当者には必ず熱意は伝わりますし、わざわざ寄ってくれたということで好印象を残すことに成功します。

 ゆるアポにしておくことによって、友人を訪ねるかのような感覚で得意先を訪問できるようになります。ギチギチのアポイントにしていると、せっかく前を通ったお客さんと仲良くなれるチャンスを逃すようなものです。

 ゆるアポにしてもうちなータイムにしても無責任だと感じる人もいるでしょう。ビジネスには責任や原因の究明が必須だと考える風潮が広く浸透していますが、これは完全にアメリカ型です。

 アメリカは建国300年に満たないまだ歴史の浅い国であり、様々な宗教や人種の人が集まっている国家ですので、主には仕事そのものでしか評価できないという弱点を抱えています。その弱点のために「これは自分の責任、あれは自分の範疇外」と、とても契約的で冷たい人間関係になってしまいがちです(もちろん、アメリカにもいいところはたくさんあります)。

 日本では古来から武士道においても、目立つ仕事をした人間が偉い、という感覚はあまり強くありません。誰もが小学生時代に経験した組体操を思い出してください。最後のピラミッドを組む時に、一番目立つ上に登る子は、体の小さい体重の軽い子です。運動会なのに運動ができる子とは限らない子が一番上に立っているのです。下で支えているのは体の強い大きな子です。一つの作品として、全員が賞賛されますね。実はビジネスも同じなのです。

 大きな商談を成約する営業マンが花形のように感じる人もいるかもしれませんが、その商品を仕入れている仕入れ部の人がいなければそもそも商談ができませんし、営業事務の人の協力も必須です。一見地味な経理の人も会社のお金を動かす重要な任務を担っています。全員にスポットが当たっており、全員で一つの作品になっているのです。

可能性があるからこその「仕方がない」

 筆者は両親からよく「仕方ない」と言われて育ちました。この「仕方ない」は華僑の師匠の口からも、華僑のパートナーたちの口からもよく聞く言葉です。