あれ、逆じゃないのと思われた方もいらっしゃるでしょう。ですが、間違いではありません。完全を目指す完璧主義者の人は視野狭窄に陥っています。物事を広く見れないため、その中だけで完璧を目指そうとしているのです。この考えは、甘く見ている以外のなにものでもないでしょう。

 どんな世界でも上には上がいる、というのは多くの人が知っている事実です。自分で完璧、完全を目指したからといって、それがベストである、というのは実は飛んだ思い上がりと言えます。

 例えば、あなたが10年目の中堅社員だとして、新人が「完璧に仕上げてきました」という企画書を見て、果たしてそれを完璧な企画書と思うでしょうか? そういうことです。完全、完璧というものは最初から存在せず、それを目指すのはただ自分からストレス地獄に首を突っ込んでいくようなものなのです。

 これは「どこにいっても上には上が必ずいる」と教わる華僑と共通した考え方なのです。

 独りよがりの完璧を目指して疲れるよりも、スピードを重視し、「まだ60%の出来ですが、この方向性で行っても大丈夫でしょうか?」と確認を入れながら進めていくのがネット時代のストレスの溜まらないスタンダードな仕事の進め方なのですね。

 それでは仕事においての責任はどうなるのだ、と心配される人もいるでしょう。誰もが承知の通り、一人ですべてを完結するビジネスはありません。多くの人と協力しあって、ビジネスは循環しています。20%手伝う、50%手伝う、できる範囲で手伝う、ということも実は継続に必須な考え方なのです。

 どうしてもゼロか100か、という発想をしてしまいがちですが、それは柔軟性に乏しい考え方と言わざるを得ません。

 例えば、沖縄では誰かが道端に座り込んで入れば、「どうしたの? 体調でも悪いの? タクシー呼ぼうか」と気軽に声をかけます。ですが、都会の現代の多くのビジネスパーソンは完璧主義の罠にハマっているので、少しでも関わってしまうと最後までこの病人かもしれない人の面倒を見なくちゃいけない羽目になるということで素通りしてしまっていることもあるでしょう。

 タクシーを拾ってあげたら、そこまで。お金を払う必要もないですし、自分ができる範囲で助けてあげたらいいのです。この程度なら大きく時間を取られることもないでしょう。それだけで「いいことをした」と気分爽快な気分を味わえるはずです。

華僑流の「ゆるアポ」を地でいく「うちなータイム」

 「うちなータイム」というのを聞いたことはあるでしょうか? 沖縄人同士では当たり前に会話に出てきます。

 内地(本土)では絶対に定刻通りに始まる冠婚葬祭。沖縄では結婚披露宴が1時間遅れて始まる、ということは決してびっくりするような出来事ではありません。法事にお経をあげるお坊さんが30分を遅れてくることもあります。その程度のことで怒る人は誰一人いません、これがうちなータイムです。