業務などの「見える化」という言葉が浸透し、各種の表現においても文字より写真やイラスト、動画が好まれるなど、世の中全体の潮流として「目に見えるわかりやすさ」がもてはやされる傾向が強まっています。

 ビジネスパーソンとしては、その流れを利用し、わかりやすさを追求することがメリットになります。ですが、自分自身が「見えること」「わかりやすいこと」に捉われると、「見えないこと」「わかりにくいこと」の価値に気づくことができません。それは潮流に乗ることのデメリットと言えるでしょう。

 物事の両面を必ず見る華僑たちは、「見えないこと」「わかりにくいこと」の価値も知り利用しています。特に当コラムでお伝えしている「ずるゆる処世術」においては、周囲から見えづらい、わかりづらいポジションを取ることが基本かつ重要なポイントとなります。

組織で長く活躍するのは「ヒーロー」より「フィクサー」

 過去にも何度か述べてきましたが、華僑は『易経』を起源とする「陰陽」理論を使って、巧みに人の心をコントロールします。「陰陽」をポジションとして捉えると、「陰」は周囲から見えづらいポジション、「陽」は周囲から見えやすいポジション。イメージしやすい言葉に置き換えれば「陰」は影の立役者として働く「フィクサー」で、「陽」は表に立って活躍する「ヒーロー」です(ここでいう「フィクサー」に不正や悪だくみの意はありません)。

 華のある「ヒーロー」に憧れる人も多いと思いますが、組織人として安全かつ着実な成功を望むなら、目指すべきは「フィクサー」です。まずは華僑がバイブルとする中国古典から、最も有名な兵法書『孫子』の言葉を見てみましょう。

 「戦い勝ちて天下善しと曰うも、善の善なる者に非ざるなり」。「戦って勝って皆が素晴らしいと褒めるのは、最高に優れた者ではない」という意味です。戦って勝って称賛を浴びる、それはまさにヒーローのあり方です。人々から称賛されるヒーローが最高に優れた者ではないのはなぜでしょう?

 ヒーローは目に見える戦いをしなければならないからです。衆人環視のもと敵に立ち向かい、正々堂々と戦ってわかりやすく勝つ。常に勝つことが求められるだけでなく、どのようにして勝ったのかまで見られ、ジャッジされるのがヒーローなのです。「今回は負けておいて貸しを作ろう」などの「ずるゆる」な手段も使いづらいですし、目立つだけに戦いを挑んでくる敵も多くなります。

 次に挙げるのは、戦争をなくすことを願い続けた『墨子』の言葉です。「神に治むる者は衆人その功を知らず、明に争う者は衆人これを知る」。「人にはかり知れないように事を成す者については誰もその功績に気づかない。人の目の届くところで騒ぐ者については、誰にでもよくわかる」。そのような意味ですが、前者はフィクサー、後者はヒーローだと言えるでしょう。