このような「昼夜逆転」の「意味」を読み取り、その心理に丁寧にアプローチすることをなおざりにして、ただ「昼夜逆転」はよろしくないと指導するのでは、治療自体が一体何を目指しているのか、理解に苦しみます。

 しかも、さらに問題なのは、眠くない夜に「寝るべきである」として睡眠剤を投入し、眠くてだるいという日中には「夜に眠れなくなるから寝てはいけません」といった指示をすることによって、患者さんの「頭」による「心=身体」へのコントロールを強化(2018年3月1日配信「うつ病の原因にもなる、『心』のフタって何?」参照)してしまい、表面上の生活リズムは整えられても、内面的には状態が悪化してしまうことです。そもそも、「頭」の意志力による過剰な「心=身体」へのコントロールが引き起こした病態であったにもかかわらず、治療の名において再び「コントロールせよ」と指示することは、どう考えても「治療ならざる治療」なのではないでしょうか。

 実際、このような意図で睡眠剤を用いても、あまりうまく効かないことがほとんどで、それでも力づくで寝かせようとすると、かなり多量の薬剤を必要としてしまうことになります。また、その薬剤のハングオーバー(持ち越し)によって、翌日の日中はより激しい眠気との戦いをしなければならず、その眠そうでぼんやりした状態を診て、「まだ治っていない」と診断されてしまう。これでは「出口なし」の悪循環です。

論理学的にも間違っている

 また、そもそも「規則正しい生活をしなければ、治らない」という考え方は、論理学的な観点からも、かなり怪しいものであると思います。

 私の長年の臨床経験からはっきりと言えることは、「治った人は、規則正しい生活になっていることが多い」ということだけです。これを、話をシンプルにするために、とりあえずここでは「治った人は、規則正しい生活になる」として考えてみましょう。

 「治った人」をAとし、「規則正しい生活になる」をBとして、「ならば」を→で表したとすれば、この臨床的事実はA→Bという論理式で表すことができます。

 基礎的な論理学では、A→Bが真である場合に成り立つのは唯一、“対偶”と呼ばれるnotB→notAだけです。つまり「規則正しい生活になっていないのならば、まだ治っていない」ということです。

 B→Aは“逆”と呼ばれるもので、「逆は必ずしも真ならず」といわれているように、成り立つとは限らないものです。つまり、「規則正しい生活になったならば、治った」とは言えないのです。よって、意志力で頑張ったり薬物を用いて「規則正しい生活」をしたとしても、「治った」状態になるかどうかには、直接関係がないわけです。

 また、notA→notBは“裏”と呼ばれるもので、これも“逆”と同様で「裏も必ずしも真ならず」であって、「治っていない人は、規則正しい生活をしなかった人だ」という論理も成り立ちません。

「治った人は、規則正しい生活になる」
→正しい

「規則正しい生活になっていないのならば、まだ治っていない」
→正しい…(対偶)

「規則正しい生活になったならば、治った」
→そうとは限らない…(逆)

「治っていない人は、規則正しい生活をしなかった人だ」
→そうとは限らない…(裏)

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