私たちが用いている実際のコンピューターは、その複雑な情報処理を電子的なon/off(1/0)に基づいた集積回路で行っているのですが、それはつまり、すべてを二進法の演算に置き換えた処理をしているわけです。

 われわれの「頭」もコンピューターと同じように、物事を二進法的に数量化し、これを演算することによって情報処理をしています。二進法と言ってもピンとこないかもしれませんが、これはむしろ二元論と言い換えた方が、より実感が得られるかもしれません。二元論とはつまり、物事を善/悪や、正/誤、損/得などのように二元的に物事を捉える考え方のことで、私たちが普段さんざん行なっている情報処理のことです。

「心」のフタとは?

 さて、先ほどの図で「頭」と「心」の間にフタのようなものがあることに気付かれたのではないかと思いますが、これが本コラムのタイトルにもなっている「心」のフタです。

 このフタは、「頭」によって一方的に閉められてしまうことがよくあります。近代以降の人間はとくに、「頭」の理性を過大に評価するようになったので、その分「心=身体」の方を劣等なものと見なす傾向が強まりました。そういうこともあって、現代人はこのフタを閉めてしまっていることがとても多いのです。

 フタが閉まっていると、私たち人間は、非自然原理の「頭」と自然原理の「心=身体」とに二分されて、そこにある種の対立が生じてしまいます。

 「頭」は、「~すべき」「~すべきでない」といったmust、should系列の言葉を用いますが、一方の「心」は、「~したい」「~したくない」といったwant to系列の言葉を発します。この両者がぶつかり合うことを心理学的には「葛藤」と呼びますが、フタが閉まってしまって「心」の声が封じ込められた状態の方は「抑圧」と言われます。

 「葛藤」は、「~しなければならないけれど、したくはない」といった感じで悩みとして本人に意識されますが、「抑圧」の場合は「心」の声がすっかり封じ込められているので、悩みとして自覚されるようなことはありません。自覚されないのならそれで良いじゃないか、と思う方もあるかも知れませんが、これは実のところ、むしろかなり危険な状態なのです。

 フタを閉められ、「頭」の意識に主張を受け取ってもらえない「心」は、あるところまでは我慢もしてくれますが、しかしその我慢も限度を超えてしまいますと、ストライキや反発を起こしたり、同志である「身体」のチャンネルから体調不良という形でシグナルを発してきたりします。ちなみに、ストライキが起こってしまった状態とは、近年とても増加してきているあの「うつ状態」のことです。