はじめまして。私は、精神療法を専門に日々臨床を行なっている精神科医です。

 この精神療法という言葉は、あまり一般的にはなじみがないものかもしれませんが、これはカウンセリングや心理療法と同じように、主に言葉のやり取りによって行われる治療法のことです。いわゆるカウンセラーによってではなく精神科医によって行われる場合に、日本ではこういう言い方になります(英語では、精神療法も心理療法も区別なく「Psychotherapy[サイコセラピー]」と呼ばれます)。

 時々、「医者なのにどうして薬を使わないのか」と質問されることがあります。もちろん私も、かつては一般的な精神科医と同様、薬物療法も行っていたのでしたが、それだけではどうにも対症療法の枠を出ないことに、ある種のもどかしさを感じていました。

 「薬を飲み続けていれば少しは楽になる」といった状態がゴールになりがちな臨床現場の実状に、私はどうにも納得がいきませんでした。やはり「治療」と言うからには、薬も要らず、再発を恐れなくてもよいような状態に抜けることが目標でなければならないのではないか。次第に私は、そんな思いを強く感じるようになりました。

 そして、言葉を用いた精神療法こそ人間の精神に根本的に働きかけることのできるアプローチではないかと思い、これを専門にしようと考えるに至ったわけです。

筆者もかつては一般的な精神科医と同様に薬物療法を行っていた。しかし現在は、薬を使わない、言葉を用いた精神療法を専門としている。(写真:bialasiewicz/123RF)※写真はイメージです。

人間は言葉でできている

 ───はじめに言葉ありき。

 これは、新約聖書「ヨハネ福音書」の冒頭にある有名な書き出しです。これに続いて、「言葉は神であった」「すべてのものはこれによってできた」といったことが書かれてあります。

 私はクリスチャンではありませんが、万物創生の出発点として「言葉」を据えて、それを「神である」とまで言い切っているこの文章には、とても大切な視点があると感じます。少なくとも、ここには人間という存在についての真理があると思うのです。それをあえて私流に言い換えれば、「人間は言葉でできている」という表現になります。