「人生100年時代」と呼ばれる昨今。長~いライフプランを考える上で、お金との付き合い方はますます重要になります。投資信託、保険、年金そしてNISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金)などなど、身の回りに様々な金融商品やそれを活用する制度があふれています。しかし、どれも仕組みが難しいと感じていませんか。
そこでファイナンシャルプランナー(FP)である高橋義憲さんが、あなたの「味方」となってお金の「見方」を丁寧に解説していきます。金融商品の販売による手数料はもらわずに、金融機関から独立した立場でアドバイスを提供する、独立系FPとして活動している高橋さん。だからこそ、中立的な立場での助言を得意としています。
4回目のテーマは「恐怖指数」です。高橋さん、恐怖指数って私たちのおカネと何か関係があるのでしょうか?
みなさん、こんにちは。
今回も前回に引き続き、投資に適していない金融商品を取り上げて警鐘を鳴らすとともに、そのような商品を推奨、販売する金融機関の営業姿勢に関する問題点も明らかにしたいと思います。
突然ですが「VIX(ビックス)指数」って聞いたことはありますか? 別名「恐怖指数」と呼ばれているものです。株式市場に興味のある方であれば、2月初頭の株価が急落した時に「恐怖指数が急上昇」という話を見聞きしたかもしれません。その際、VIX指数に価格が連動する金融商品の問題もよく報じられました。
私はこのような金融商品に手を出すのは、それなりに知識や経験のある方だと思っていたので、一般のビジネスパーソンに向けてのコラムで紹介するには、少々マニアックではないかと考えていました。
しかしこの間、そんなマニアックな商品を証券会社の営業マンから紹介されて購入し、大きな損失を被ってしまった人の話を耳にしました。もしかしたら、間違って購入する人が意外にいるのかもしれない…。
そこで今回は、VIX指数に価格が連動する“注意すべき”金融商品についてお話したいと思います。
勧められて購入し、大きな損失
Kさんは最近、証券会社の営業マンの勧誘を受けて株式投資を始めました。そして1月のある日、その営業マンから電話がかかってきて、ある証券の購入を勧められました。「VIXインバースETN」という商品です。
Kさんは電話で営業マンの説明を聞きながら、パソコンでその証券の価格の動きを確認しました。それは、下のグラフのように、順調に上昇していました。
耳慣れない金融商品と営業マンのセールストークに警戒しながらも、最終的にKさんは東京証券取引所に上場されている証券なので、怪しい金融商品ではないだろうと考え、購入することにしました。
ところがです。買ってから数日後に価格は急落! 急落といっても10~20%というレベルではありません。下のグラフを見て下さい。なんと1日で96%も下落してしまったのです。Kさんは、投資した金額のほとんどを失ってしまうことになりました。
Kさんが大きな損失を被ってしまったVIXインバースETNとは、いったいどのような金融商品だったのか。
商品名を見ると、これは、「VIX」に「インバース」する「ETN」という意味になります。すみません、全然説明になっていませんね。でも、この3つの単語さえ分かれば、内容が理解できます。それぞれ説明しますね。
まず、「ETN」から。「ETN」というのは、「Exchange Traded Note」の略で、上場投資証券のこと。上場投資証券とは、ある決められた指数に価格が連動するように設計された証券で、東京証券取引所で取り引きされているものです。「ETF(Exchange Traded Fund、上場投資信託)」をご存じの方は、それと似たようなものと理解していただいて結構です。
次は「VIX」。「VIX」とは、米国の代表的な株価指数の1つである「S&P500」の予想変動率を表す指標「VIX指数」のこと。VIX指数は、株価指数が急落すると上昇する傾向があるため、「恐怖指数」とも呼ばれています。
なお、予想変動率はS&P500のオプションというデリバティブの価格に基づいて計算されます。
VIX指数そのものは取り引きされていませんが、VIX指数の先物や、その先物を指数化して、それに連動する金融商品が取り引きされています。
少し整理してみましょう。下の図を見てください。VIX指数は元の株価指数(S&P500)から始まり、金融商品で使われるVIX短期先物指数まで、4段階を経ます。これを見て、「よく分からないし、何だか怖い」と勘が働いた方は素晴らしい! その理由は後程、説明しますね。
最後は「インバース」について。「VIXインバースETN」の価格は、下の式の通りに計算されます。これは簡単に説明すると、VIX短期先物指数と逆の動きをすることになる。だから、「インバース(inverse=逆の)」と名づけられているのです。
VIXインバースの価格
= 前日のVIXインバースの価格 × VIX短期先物インバース日次指数の前日比変動率
VIX短期先物インバース日次指数の前日比変動率
= 1 ー VIX短期先物指数の前日比変動率
※円換算の部分は省略
例えば2018年2月6日は、米国株式市場の急落を受けて、VIX短期先物指数が前日の2倍近くに跳ね上がり、変動率は96%の上昇となりました。こうなるとVIXインバースの価格は、逆の動きで96%の下落となる。Kさんが大損したのはこれです。
先物指数の構造的な特性を知る
先ほど図で説明した通り、普段メディアなどで報道される「VIX指数」と金融商品が連動する「VIX短期先物指数(先物指数)」は、似て非なるもの。下のグラフを見てください。最近1年間のVIX指数と先物指数の動きです。
米国株式市場は、「適温相場」と言われる中で堅調に推移し、恐怖指数と呼ばれるVIX指数は、今年の1月までは低位、“横ばい”で推移してきました(上のグラフの赤い線)。
それに対して、VIX短期先物指数は、横ばいというよりも“右肩下がり”の下落傾向を辿っています(上のグラフの青い線)。
これが、先物指数の構造的な特性を表しています。先物指数はVIX指数が安定している状況においては、時間の経過とともに下落する特性があるのです。
この特性を逆手に取った商品が「VIXインバース」です。VIXインバースの価格は、先物指数と反対の動きをするので、1月までは右肩上がりで上昇していました。Kさんに商品を薦めた営業マンは、このような先物指数の特性を販売のセールスポイントにしていたのではないでしょうか。
ところが2月に入って株式相場が急落し、VIX指数が急上昇。それに伴い先物指数も1日で2倍に上がりました。このため、VIXインバースETNは、それまでの上昇分を吹き飛ばす急落になった訳です。
早期償還条項が意味するもの
ここで株式市場に関する知識がある方は、「あれっ?値幅制限(ストップ安)はないのだろうか。1日で価格が96%も下落なんて、おかしくないか?」と、疑問に思われたかもしれません。
実はKさんが購入した商品は、値幅制限が適用されませんでした。その理由は、VIXインバースETNに付されていた、以下のような早期償還条項に抵触したためでした。
VIX短期先物インバース日次指数が前日終値の20%以下になった場合、本ETNは償還される
この条項だと、ETNは早期償還により上場廃止となる。保有していた人は、売却して損失を確定しなければなりません。
確かに商品説明のパンフレットには、早期償還条項が記載されていた。でも、これってすごく違和感がありませんか? なぜなら、インバース指数が前日の20%以下になることが、発生確率はともかく“想定されている”からです。
ちなみに、東証に上場されている他のETNには、このような早期償還条項はありません。いかにVIXインバースETNが特殊な、超ハイリスク商品なのかが分かります。きっと先の営業マンは、そのようなリスクに関して、しっかりと説明していなかったのでしょう。
私は営業マンの説明不足だけでなく、この商品を組成した証券会社と、上場を承認した東証の責任も問われると思っています。
VIXインバースの逆だったら儲かる?
VIXインバースETNの説明をしてきましたが、インバースの逆、つまりVIXに正の連動をする証券もあります。「VIX短期先物指数(VIX短先)ETF」という上場投資信託(ETF)です。では、このETFを保有していれば、利益を上げることができたのでしょうか。VIX短先ETFの価格は、以下の算式の通り。
VIX短先ETFの価格 = 前日のVIX短先ETFの価格 × VIX短期先物指数の前日比変動率
※円換算の部分は省略
この式からすれば、VIXインバースが96%あまり急落した2月6日には、VIX短先ETFの価格は2倍に急騰しているはずですが…。
実際はどうだったか。2月5日~9日のVIX短先ETFの価格推移を表した下のグラフを見てみましょう。市場価格が実際に取引された終値で、理論価格は算式に基づいて計算された価格です。
2月6日を見ると、市場価格と理論価格で大きく乖離しています。2月6日の市場価格は、1万1790円から1万4790円まで上昇していますが、上昇率は25%程です。一方、理論価格の方は2倍近く上昇しています。
これは、ETFの市場価格が取引所の値幅制限のためにストップ高になってしまったため。翌日には理論価格が下がり、市場価格との乖離は解消しましたが、このETFを保有していた人はもっと高い価格で売却し、利益確定する機会を失ってしまったことになります。
また、先程説明した先物指数の特性のために、このETFの価格は1月まではずっと下落基調を辿っていました。下のグラフは、過去1年間のETFの価格推移を表しています。このETFを昨年の夏に買ったとしても、今回の急上昇でやっと利益が出るかどうかの価格になった感じです。
メディアに出ている記事などでは、「市場の急落に備えてVIX短先ETFを購入しておくとよい」というような内容を見かけることがありますが、このように、VIX指数に連動する金融商品は長期の保有には向いていない、つまり投資商品としては私たちが手を出すべきものではない、ということがお分かりいただけたかと思います。
市場に悪影響も
VIX指数についてもう少し。VIX指数は間接的にも市場に悪影響を及ぼしていることも知っておくといいでしょう。
VIX指数を使って、株式の自動取引を行っている市場参加者がいます。例えば、「VIX指数が上昇して基準値を超えたら、リスクが高まっているということなので株式を売却する」といった具合にです。しかし、このような取引手法は、下図のように、市場に負のサイクルを生じさせて、急落を招く原因を作っているとも言われています。
さらに、オプション市場で仕掛け的な取り引きを行うことによって、VIX指数を意図的に上昇させ、自動取引による売りを誘発して、株価の下落によって儲けようという輩もいます。
VIX指数は、算出の基になっている株価指数とは異なり、上場企業の企業価値による裏付けがある訳ではなく、単なる市場参加者の思惑を数値化したもの。経済的な裏付けのない指数に連動する金融商品や取引手法なのです。
VIX指数は米国の株式市場に関連していますが、日本にもVIX指数と同じものがあります。「日経平均ボラティリティ・インデックス(日経平均VI)」です。日経平均のオプション価格を基に算出されていて、同じような問題をはらんでいると言えます。
特に日経平均のオプション市場は、米国のそれよりも取引量が多くないため、オプション市場を通じて日経平均VIの操作まがいのことができるのではないかと危惧しています。ちなみに、本家の米国でも、VIX指数の操作疑惑が報じられていました。
今回のVIXインバースETNは、早期償還によって消滅してしまいましたが、のど元過ぎれば熱さ忘れると言う通り、将来また同じような商品が出てくるかもしれません。「日経平均VIインバース」という感じで…。こうした商品には絶対に手を出してはいけません。
「顧客本位の業務運営」はどこへ
昨年3月、金融庁は顧客本位の業務運営に関する原則を定め、これを多くの金融事業者が採択しています。しかし、今回取り上げたVIXインバースETNの問題については、7つある原則の中で特に、「重要な情報の分かりやすい提供」と「顧客にふさわしいサービスの提供」という2つの原則が守られていなかったように思えます。
原則に照らし合わせると、KさんにVIXインバースETNを推奨、販売した証券会社の営業マンは、以下の点で原則に反していた可能性が高い。
- 株式投資を始めて間もなく、知識が十分にあるとはいえないKさんに、VIXインバースETNのような複雑で、リスクの高い商品を推奨、販売した。
- 本ETNが逆連動するVIX短期先物指数の価格変動メカニズムについて、Kさんに分かりやすく説明しなかった。
- 本ETN特有の早期償還条項について説明をしていなかった。
- 早期償還条項からも想定される本ETNの価格が急落するリスクについて説明をしていなかった。
証券会社は、投資信託の営業、販売においては、生活者の資産形成の助けとなる長期・積立投資を推進しています。しかし、その一方でこのような「顧客本位」に反するような営業をしていては、信頼を得られないのではないでしょうか。
私はファイナンシャルプランナーとして、一般の生活者のみなさんには、「投資を通じて世の中をよりよくしながら、自分の資産形成を行いましょう」という話をさせていただいています。
しかし、そういうみなさんの貴重な投資資金が投じられている金融市場には、今回取り上げたVIX指数に関連するものや、前回取り上げた仕組債以外にも、有象無象の金融商品や市場参加者が存在しています。残念ながら、そういう害のあるものをすべて排除することは難しいのが現実です。
そこで次回は、投資による長期の資産形成に適した金融商品と、その活用方法などについてお話ししたいと思います。
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