「人生100年時代」と呼ばれる昨今。長~いライフプランを考える上で、お金との付き合い方はますます重要になります。投資信託、保険、年金そしてNISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金)などなど、身の回りに様々な金融商品やそれを活用する制度があふれています。しかし、どれも仕組みが難しいと感じていませんか。
そこでファイナンシャルプランナー(FP)である高橋義憲さんが、あなたの「味方」となってお金の「見方」を丁寧に解説していきます。金融商品の販売による手数料はもらわずに、金融機関から独立した立場でアドバイスを提供する、独立系FPとして活動している高橋さん。だからこそ、中立的な立場での助言を得意としています。
3回目のテーマは「仕組債」です。高橋さん、仕組債って高利回りの金融商品って聞いたんですが、大丈夫なんでしょうか?
みなさん、こんにちは。
今年の1月から「つみたてNISA」の制度が始まり、投資に対する関心が高まってきているように思えます。そんな中、金融機関が提供する金融商品の中には「投資に適していないもの」が数多くあり、皆さんのおカネを狙っています。今回は、そんな「危険な金融商品」を解説していきます。
「高利回り」のバナーに要注意
家計における資産形成を促進するために、「iDeCo(イデコ)」や「つみたてNISA」などの制度が始まり、皆さんの中にもこれを機に投資の世界に足を踏み入れた方も多いのではないかと思います。
投資を始めると、これまで目や耳に入らなかった経済や金融市場に関する情報に興味が湧いてきますよね。それは素晴らしいことです。投資の成果というと、とかく「いくら儲かったか」というところに目が行きがちですが、「世の中の動きに関して色々分かってくる」ということも、投資の成果の一つでしょう。
ただ、こうした情報に触れていると、同時に危険な情報を目にする機会も増えるので注意が必要です。
Aさんの例を見てみましょう。
Aさんは、今年から「つみたてNISA」を利用して投資を始めました。ある日、つみたてNISAの運用状況を確認するために、口座を開設している証券会社のホームページにアクセスしました。そこで、下のようなバナーに目を奪われました。
バナーを見たAさんは、あるセミナーで聞いた以下のような話を思い出しました。
「債券はリスクが小さい。それでいて、高利回りなのか…」。Aさんは思わずバナーをクリックしてしまったのです。
「仕組債」の内容を読み解く
Aさんが開いたページには以下のような商品説明がありました。その商品は、ABC電機の株価によって、利率や償還金額が決まる特殊な債券で、「仕組債」と呼ばれているものでした。
見慣れない用語が並んでいて分かりづらいですね。ポイントを一つずつ見ていきましょう。
①発行体
債券を発行する主体。海外の政府系金融機関や国際機関といった比較的信用力が高いところのほか、民間金融機関の場合もある。普通の債券であれば、発行体の信用力が重要なファクターになりますが、仕組債の場合は発行体の信用力は高い場合が多いので、それほど気にしなくても大丈夫。それより、以下に説明する「仕組み」の方が重要です。
②利率
利率の説明を見ると、3カ月毎の利払い日における対象株式(ABC電機)の価格によって、利率は年8%か年0.1%のいずれかになることが分かります。株価が当初から15%を超えて下落しなければ、8%という“普通の円建債券では考えられない高い利息”が支払われます。現在、個人向け国債の利率は0.05%ですから、それと比べると信じられないくらい高い利率ですね。
③早期償還
早期償還とは、あらかじめ定められた条件を満たした場合に、償還日を繰り上げて償還すること。この仕組債の場合、対象株式の価格が当初から5%以上値上がりすると、償還日前であっても債券は償還され、額面金額(=元本)が払い戻されます。
④満期償還
満期償還とは、早期償還条項に該当することなく償還日を迎えること。この仕組債の場合、対象株式の価格によって、次のように償還金額が決定します。ここで出てくる「ノックイン」とは、あらかじめ定められた株価水準(ノックイン価格 ※⑤を参照)を下回ることを言います。ノックインすると(b)の条件から元本を大きく下回る損失が生じる可能性があります。
(a)満期までの期間で対象株式の価格がノックイン価格を下回ることがなければ、額面金額が支払われる。
(b)ノックイン価格を一度でも下回った場合は、仕組債の発行時から満期時までにおける対象株式の株価変動率を額面に乗じた金額が(額面を上限とする)支払われる。
⑤ノックイン価格
ノックイン価格は、④の満期償還金額を決定するカギとなる価格で、当初の株価よりかなり低く設定されています。この仕組債の場合は、当初価格の65%になっています。
さて、Aさんは説明を一通り見て次のように考えました。
Aさんは、ちょうどボーナスでまとまったお金が入っていたので、この仕組債に投資してみました。果たして、Aさんの仕組債投資はうまくいったのでしょうか…。
Aさんが仕組債を購入した後、株式相場は堅調に推移。高い利息を受け取ることができました。しかし株価が5%以上値上がりしたため、早期償還条項に抵触し、3カ月後に元本も戻ってきました。
Aさんは、戻ってきたお金を利息がゼロに近い銀行預金に戻すのをバカバカしく思いました。そこで再び同じような仕組債を購入することにしました。引き続き株式相場は上昇基調にあり、またもや、高い利息を受け取り、早期償還で元本が戻ってきました。
こうなると止まりません。戻ってきた元本でまた仕組債を購入。結局Aさんは、株式相場が堅調に推移する中、「仕組債購入→早期償還→再び仕組債購入」を繰り返し、高い利息収入を受け取り続けました。
ここまで見ると「おいしい商品」に思えるのですが、このあとAさんは大損害を被ります。
株価が急落し、儲け分が吹き飛ぶ
ある日、株式相場に異変が起きて株価が急落。Aさんが購入していた仕組債は、対象株式の価格がノックイン価格に抵触し、株価の回復を待たず仕組債は満期を迎えました。結果、Aさんの手元には元本の7割ほどの金額しか戻ってきませんでした。その損失はそれまで受け取ってきた高い利息の合計金額を上回る額に…。そう、一瞬で儲けが吹き飛んでしまったのです。
実はAさんが購入したノックイン型の仕組債投資は、仕組債に組み込まれている早期償還条項とノックイン条項の内容を見る限り、“初めから失敗する確率が極めて高いもの”だったのです。それにAさんは気づいていなかったのです。
理由を以下に説明します。
【早期償還条項】 中毒性を与える内容だった
記載されていた早期償還条項によると、株価が当初価格から15%を超えて下落しなければ3カ月毎に年率8%の利息を得ることができる。その一方で、株価が上がって当初価格から5%以上値上がりすると早期償還で元本が戻ってくる。
個別株だと、5%程度の変動はそれほど大きいものではなく、相場が堅調に推移している時だと、すぐ早期償還になってしまう。そうなると、早期償還された投資資金をどうしますか? 多くの方は、また同じような仕組債に投資して、2匹目、3匹目のドジョウを狙うのではないでしょうか。このように仕組債は中毒性があるのです。
【ノックイン条項】 元本保証に近いと誤解を与える内容だった
ノックイン価格は当初価格の65%と定められています。ノックインに抵触しなければ満期で元本が戻ってきます。すると、8%という高利回りに目がくらんでいる人は、「さすがに今から35%を超える下げはないだろう」と、根拠もなく考えてしまう。元本保証に近い感覚を持ってしまうのです。
この早期償還条項とノックイン条項が投資家に与える悪影響を、模式的に表したのが次の図です。
この仕組債を購入した人は、株価が堅調に推移する間は高い利息を受け取り、株価上昇によって早期償還すると、また同じような債券を購入するということを繰り返すことが多い(図の上グラフ)。
一方、ノックイン価格は債券発行時の株価に対して、65%というように相対的に定められているので、ノックイン価格も新規に発行されるたびに上昇していきます(図の下グラフ)。
そんな状況下で株価が急落するとどうなるか。ノックイン価格に抵触して元本の65%分しか償還されないのです。それまで受け取っていた高い利息を合計しても、35%分の損失をカバーできません。
もし最初にノックイン型の仕組債ではなく、対象株式自体を買っていたらどうでしょう。株価が急落しても、急落後の価格は当初の価格よりまだ3割程上です。そのまま保有していれば、再び高値を超える可能性もあります。
いかがですか? ここまではノックイン型という株価に連動する仕組債を取り上げて問題点を解説しました。しかし、ノックイン型に限らず、仕組債は危険性があります。ここではさらにその危険性について、一般的な仕組債全体のスキームを見ながら説明します。
仕組債の「からくり」を学ぶ
仕組債とは「ある仕組み」を使って、利回りが高く見えるようにした債券です。ここで言う「ある仕組み」とは先物やオプションといったデリバティブのこと。つまり、仕組債とは、普通の債券とデリバティブを組合わせることによって、利回りが高く見えるようにした債券なんです。
普通の債券は、利率が市場金利の実勢に基づいて決定されます。例えば、個人向け国債の利率は現在0.05%です。従って先程の利回り8%の仕組債は、デリバティブによって高利回りが実現できていることになります。
言い換えると、仕組債を買うということは、国債を買って、それとは別にデリバティブの取り引きをすることと同じなのです。
加えて、一般的に仕組債に組み込まれているデリバティブ取引とは、「オプションの売り(オプション取引)」という、デリバティブ取引の中でもリスクが高い形態なのです。
「オプション取引」の仕組みを知る
オプション取引についても簡単に説明しましょう。これから説明するオプション取引は、厳密に言うと「プットオプション取引」というものですが、説明を簡略化するために、単にオプション取引と呼ぶことにします。
オプション取引とは、ある証券を決められた価格で、将来の決められた時点で売ることのできる権利を売買することをいいます。
下の図を見てください。オプションの買い手は、1年後に株式Aの価格が800円以下に値下がりした場合、オプションの売り手に対して権利を行使して利益を得ることができます。
オプションの売り手は、権利を売る対価としてオプション料を受け取ります。もし、証券の価格が800円以下に値下がりしなければ、オプション料の分が利益になります。
例えば、1年後の株式Aの価格が600円だったとすると、オプションの買い手は、市場で株式Aを600円で買い、これをオプションの売り手に800円で売ることによって、200円の利益を得られます。ここから支払ったオプション料(100円)を差し引くと、最終的に100円の利益を得ることになります。また、オプションの売り手はこれと逆に100円の損失になります。
仕組債に組み込まれているオプションは、金融機関が買い手で、投資家が売り手です。対象株式の株価とオプションの損益の関係について、両者を比較したものが下の損益図になります。
どうでしょう。左側の金融機関の方は損失が限定されていて、有利に見えますよね。しかし、仕組債に組み込まれている「オプションの売り」というものは右側です。見ての通り、「オプションの売り」は株価が下がれば下がるほど損失が膨らむのでリスクは大きくなります。
先に説明したノックイン型の仕組債に組み込まれているデリバティブは、このようなオプションをより複雑にした、さらにリスクの高いものなのです。
仕組債の裏で金融機関が儲かる仕組み
次に仕組債に関わる投資家、発行体、金融機関の関係を見てみましょう。
まず、図の右側を見て下さい。発行体は投資家から資金を調達し、それに対して決められた利息と償還金を支払います。しかし、仕組債は利息や償還金額の決め方が複雑に変動するので、発行体にとって資金調達のリスク管理が難しくなってしまう。
そこで図の左側のように、発行体は金融機関と仕組債の利息と償還金を「Libor(ライボー)」という一般的な変動金利の利息と償還金に交換する取り引きをします。
こうすることによって、発行体は仕組債の複雑な利息や償還金額とは関係ない、普通の変動金利による資金調達ができます。なお、この図の金融機関の役割は、スワップハウスと呼ばれています。
次にもう一つ下の図を見て下さい。
先ほどの図と似ていますが、これは仕組債に組み込まれているデリバティブに着目したものです。発行体は投資家から買ったオプション(a)を、そのままスワップハウスである金融機関に売っています(b)。従って発行体はオプションのリスクを保有していません。
また、金融機関は発行体から買ったオプションを、金融市場で売ることによってリスクをヘッジしています(c)。ここで注目してほしいのは、金融機関が発行体に支払うオプション料と金融市場での取引相手から受け取るオプション料に差があるということです。
つまり、金融機関は市場で取引されているオプション料より安いオプション料を投資家に支払うことにで鞘を抜いているのです。
投資家の立場で考えると、オプション料が仕組債の高い利率の原資になっているわけですが、「オプションの売り」によって取ったリスクに見合ったオプション料(15%)はもらえません。
簡単に言えば、オプション料の差額である7%分が、手数料としてスワップハウスである金融機関の懐に入ることになるので、金融機関にとっては、投資家の「早期償還→償還元本を仕組債に再投資」という行動は、手数料がその度に懐にはいる「おいしい商売」になります。
「仕組債は割に合わない」と心得る
仕組債がいかに割に合わないか、簡単な例を挙げて説明しましょう。下の図のようなゲームをやってみましょうか。ルールは次の通りです。
【ルール】
サイコロを1回振って「1」が出たらあなたが相手に600円を払い、1以外であれば何も起きません。ただしあなたは、ゲームの参加料として毎回、相手から90円をもらえます。
あなたはこうしたゲームをやりますか? 普通はやらないですよね。毎回90円がもらえるとはいえ、6回に1回でも「1」が出たら損するゲームだからです。
仕組債はこのような不公平なゲームと同じようなもの。けれども仕組みが複雑なために、一見すると高いリターンを得ることができると錯覚してしまうのです。「繰り返せば大きな損失を被る」ということを理解してほしいと思います。
以上、危険な金融商品の例として、仕組債を取り上げました。仕組債は証券会社が販売しているものですが、同様の仕組みの商品では「仕組預金」という銀行が販売しているものもありますので注意してください。仕組債も仕組預金も、皆さんの資産形成のための投資には不向きです。手を出さないで下さいね。
次回は、仕組債よりさらにハイリスクな金融商品を取り上げて、その問題点について解説します。
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