「人生100年時代」と呼ばれる昨今。長~いライフプランを考える上で、お金との付き合い方はますます重要になります。投資信託、保険、年金そしてNISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金)などなど、身の回りに様々な金融商品やそれを活用する制度があふれています。しかし、どれも仕組みが難しいと感じていませんか。
そこでファイナンシャルプランナー(FP)である高橋義憲さんが、あなたの「味方」となってお金の「見方」を丁寧に解説していきます。金融商品の販売による手数料はもらわずに、金融機関から独立した立場でアドバイスを提供する、独立系FPとして活動している高橋さん。だからこそ、中立的な立場での助言を得意としています。
2回目は公的年金制度です。「年金だけでは生活できない」とか「日本の年金制度は信頼できないので保険料は払いたくない」などと悪い話ばかりが耳に入ります。高橋さん、年金って本当に大丈夫なんでしょうか?
最近、「人生100年時代」という言葉をよく耳にします。65歳で退職となると、その後に35年もの長きにわたって「老後」が待っていることになります。健康で長生きできることは素晴らしいことですが、老後の生活資金の増加に不安を感じている方も多いと思います。私たちは、長生きリスクにどのように備えればよいのでしょうか。
1.老後資金の柱は公的年金
老後の生活資金の計画を立てる場合に基本となるのは公的年金です。皆さんの中には、公的年金は少子高齢化の影響で将来、十分にもらえないのではないかと心配されている方も多いと思います。
しかし、これは「年金カット法案」などと発言する政治家や、表面的な報道に終始するメディアによってもたらされた大きな誤解なのです。まずは、政府が5年毎に実施している公的年金の財政検証のデータを確認してみましょう。
公的年金2割削減の意味
メディアやネット、あるいはマネーに関するセミナーで、「今後年金は2割削減される」ということを見聞きしたことはありませんか。これだけ聞くと、「公的年金は大丈夫かなぁ?」と不安になるかもしれません。なぜなら、皆さんは下のように年金額が減ってしまうと考えているからです。
しかし、政府が公表している公的年金の財政検証のデータが示す将来(2050年)の年金額の推計は下の図のとおりです。2割減少するというのは、所得代替率のことです。
所得代替率とは、年金の給付水準を表す尺度として用いられているものです。その意味は、年金を受け取り始める時点(65歳)における年金額が、現役世代の手取り収入額と比較してどの位の割合か、を示すものです。
下の図のとおり、所得代替率は、マクロ経済スライドという年金抑制策のために低下していく見通しですが、一方で、年金の実質額は上昇する見通しになっています。
今回は、公的年金の財政検証について詳しく触れませんが、表面的な数字だけを取り上げて年金不信を煽る情報には気を付けましょう。
2.公的年金を増やすためには
公的年金が、私たちの老後を支える重要な役割を果たすということを理解していただけたでしょうか。次はこれを増やす方法についてご説明します。
できるだけ長く働く
厚生年金は、就労している間は70歳まで加入することができます。
加入期間が延びれば、その分将来の年金額を増やすことができます。そして、働いて得た収入で70歳あるいはそれ以上の年齢まで生活することができれば、次に説明する年金の受給を繰り下げることによって、増額された年金が一生の間、保証されることになります。
長く働くからと言って、一つの会社や職業にずっととどまる必要はないと思います。長い職業生活ですから色んなことにチャレンジすれば良いはずです。できる限り長く働くことは、経済的なメリットだけでなく、私たちに生きがいを与えてくれるでしょう。これも、人生100年時代の備えと言えるものです。
年金を繰り下げて受給する
公的年金制度では、原則の受給開始年齢は65歳ですが、繰り上げ、あるいは繰り下げを行うことによって、60歳から70歳までの間で私たちそれぞれのライフプランに応じた受給開始年齢を選ぶことができます。
そして、繰り下げた場合には、1か月当たり0.7%年金が増額されます。つまり、70歳まで繰り下げると、65歳時の年金の約4割増しの年金を受給することができます。
さらに、政府は人生100年時代における多様なライフプランに対応できるように、70歳を超えても働く意欲がある人のために、繰り下げ可能な年齢を75歳にして、さらにその分年金を増額する案を検討することを決めました。これは、下の図が示すとおり、現行の受給方法は変えずに、さらに私たちの選択肢を広げるものなのです。
残念ながら、ここでも誤解があるようです。
受給開始年齢を75歳まで引き上げることを検討する、というニュースが報道されるとSNS(交流サイト)などでは、「やっぱり年金はもらえない」などという批判的なコメントを多く見かけました。
さらに、日本経済新聞社が実施した下のような世論調査でも、反対が多いという結果になりました。
そもそもこのような世論調査をする必要があったのでしょうか。
この改正は、先に述べたとおり、私たちのライフプランの選択肢を広げるだけで、なんら不利益になるようなものではないはずです。それなのに、その是非をわざわざ世に問う新聞社の意図に疑問を感じてしまいます。また、それに対して反対する人が多いということも、年金制度に関する誤解の根深さを表しているように思います。いや、それとも新聞社は私たちが年金制度を正しく理解しているか、テストするためにこの調査を行ったのでしょうか……。
公的年金の繰り下げは、長生きリスクに対する備えとして有効な選択肢であるということを覚えておいて損はありません。
3.民間の金融商品や生命保険による備えは?
民間の金融機関や生命保険会社でも、老後の生活資金を備えるための商品を提供しています。今回は、「トンチン年金」と呼ばれている、最近注目されている保険商品を見てみましょう。
「トンチン年金」は、17世紀にその仕組みを考案したイタリア人のロレンツォ・トンティ氏にちなんで名づけられたものです。この年金の加入者は、生きている間は年金をもらえますが、亡くなってしまうとその人の年金原資は、他の加入者の年金として使われ、遺族に対しては何も支払われません。
このトンチン年金は、生きている間は年金をもらえるので、公的年金と同様に一生涯の安心を与えてくれるものです。
下の図は、ある生命保険会社が販売しているトンチン年金の例を示したものです。
50歳の男性の場合は、50歳~70歳の20年間で約1200万円、女性の場合は約1500万円の保険料を払い、70歳から毎年60万円の終身年金を受け取ります。万一70歳前に亡くなってしまうと、それまで支払った保険料を大きく下回る解約払戻金が支払われます。年金受給開始後に亡くなった場合は、5年間の保証期間(300万円分)はありますが、それ以降の年金は支払われません。つまり、80歳で亡くなってしまうと、年金の受取総額は600万円と、支払った保険料を大きく下回ってしまうことになります。
トンチン年金 vs 公的年金の繰り下げ
先に述べた通り、トンチン年金の保険料はかなり高額です。そうすると、トンチン年金の保険料を払う代わりに、これを65歳から70歳までの生活費に充当して、70歳まで公的年金の繰り下げをする、というプランも選択肢の一つになるでしょう。
そこで、サラリーマンの夫と専業主婦の妻という世帯を例にして、両者の比較をしてみたいと思います。夫婦は同い年として、トンチン年金の被保険者となるのは、より長生きする可能性が高く、公的年金が老齢基礎年金(いわゆる1階部分)だけで、十分にない妻とします。下の表は両者のプランを比較したものです。
それぞれのプランでは、70歳までは両者ともほぼ同じようなキャッシュフローとなります。65歳~70歳の間は共に生活費がちょっと苦しいので、働くなどして多少の収入を得る必要があるかもしれません。
さて、70歳以降の両者の収入はどのようになるでしょう。下の表の通り、繰り下げの方がトンチン年金よりも、年間51万円程多くなります。ただ、両者ともに老後の生活資金としては十分であると言えるでしょう。
また、上の結果から繰り下げの方が有利かというと、必ずしもそうではありません。この結果は、夫婦が共に生存していることを条件にしているからです。もし、夫婦のいずれかが亡くなってしまったらどうなるでしょう。
トンチン年金の場合は、加入者が亡くなってしまうと年金の支給は終わってしまいます。また、公的年金の繰り下げでは、夫が亡くなると遺族厚生年金が妻に支給されますが、その額は、夫の老齢厚生年金の4分の3で、さらに繰り下げによる増額分は反映されません。
したがって、下の表の通り、夫が先に死亡した場合の妻の収入は、トンチン年金では月額18万円、公的年金の繰り下げでは月額16万円となり、トンチン年金の方が有利になります。
このように、トンチン年金と公的年金の繰り下げは、夫婦の年齢差、健康状態などの様々な条件によって、どちらを選択するか判断する必要があります。下の表に両者の留意点をまとめたので、参考にして下さい。
公的年金はインフレに対応する
上の比較で、特に強調したいのは賃金、物価に連動するか否かという点です。経済の状態が通常であれば、これから20~30年後の物価というのは今よりも高いはずです。そうすると、トンチン年金の実質的な価値は減少する可能性が高いと言えるでしょう。
それに対して、公的年金の方は、マクロ経済スライドという年金額を抑制する要因はありますが、物価や賃金の変動にある程度は連動する仕組みになっています。私たちは、長期にわたるデフレを経験してきているため、インフレに対する警戒感が鈍っているかもしれませんが、この点は忘れてはいけないことだと思います。
損得勘定にこだわらない
あと、トンチン年金と公的年金の繰り下げの両者に共通して言えることですが、早く死んだら損だとか、何歳まで生きたら元が取れるとか、そういう考え方はあまり意味がないと思います。仮に70歳まで繰り下げて受給したのに、75歳で死んでしまったとしても、「繰り下げて損した」ということではなく、「繰り下げたことによって、老後のお金の心配をしないで生活できて良かった」と考える方が良いのではないでしょうか。
4.まとめ
今回は、公的年金制度について皆さんが誤解していると思われる点と、これを長生きリスクに対する備えとして、どのように活用したら良いかということをお話しさせていただきました。
トンチン年金と公的年金の繰り下げの比較のところでも触れましたが、皆さんのライフスタイルやライフプランによって、選択すべき金融商品や制度は異なってきます。しかし、それでも公的年金は検討から外せない重要な選択肢であることを忘れてほしくないのです。
もし、皆さんが相談した金融機関の営業員やファイナンシャルプランナーが公的年金の説明を十分にしないで、あるいは年金不安を煽って、誤った情報を提供しながら、民間の金融商品のセールスを始めるようであれば、本当に顧客のことを考えているのか疑った方が良いでしょう。
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