松浦:この連載は航空を扱うものですから、航空機の事故を例に取りましょう。米国では国家運輸安全委員会(NTSB)という組織が事故調査を行います。非常に強い権限を持っていて、例えば関係者に免責特権を与えて証言を得ることができます。事故の原因となった者を罪に問わない代わりに、真実を話させて、次の事故を起こさないような勧告をまとめるんですね。この仕組みは、米国の航空産業の発達に大きく貢献していると思います。
Y:責任者を犯罪者として罰する、じゃないんですね。罰すれば溜飲は下がるけれど、次の事故を防げないから、許す。許すかわりに全部洗いざらい話させて、次の事故を防ぐ。
松浦:新しい技術は必ず危険を内包していると見たほうがいい。そこで、新しい技術を、より安全なものとして役立てていく社会的な仕組みが必要、というわけです。
Y:だんだん社会システムとしてどうすべきかという話になってきましたが、では、政府とか官僚システムはどうすればいいと思ってますか?
握った手を離して、宝物を取りだそう
松浦:今の許認可権限を握った官庁は、「壺の中の木の実を握ったままで手が抜けなくなっている猿」だと思っています。だから、実は答は簡単なんです。手を開いて木の実を手放せば、手は抜けるんです。
Y:握っている木の実は、おいしい利権ってことですね。
松浦:そう。1回利権を手放して、本当に必要な制度は何かをゼロから考えるべきだと思うんです。手を抜いた猿が壺を振れば、壺の中からは握りしめてた以上の木の実が転がり出るんですよ。
Y:手塚治虫の「ブラック・ジャック」にそんな話がありましたっけ(注:「昭和新山」というエピソード。講談社版手塚治虫全集では「ブラック・ジャック」17巻に収録)。噴火した昭和新山の山腹で大地の穴から腕が抜けなくなった男を、ブラック・ジャックがその場で腕の切断手術をして救助する話です。実はその男、穴の中で貴重な鉱物を握りしめていて、そのために抜けなかっただけって話でした。
松浦:「なんで腕を切った!」とわめく男にブラック・ジャックが「300万円で腕をつけなおしてやるぜ」って言い放つ。許認可権限を握っている官庁が、腕を切断される前に権限を一度手放せるかどうかが鍵でしょう。切断、つまり強権的に社会制度を変えざるを得ないとなると、社会的にどえらいコスト――下手するとかつての敗戦並みの――がかかることになりますから。
Y:敗戦って、そりゃ大げさな。
松浦:でも、昭和30年代からの高度経済成長の背景には、敗戦で旧体制が解体されたということが大きく効いていると思いますよ。朝鮮戦争の特需があったとか、冷戦体制の中で日本は有利なポジションを得たとか、もちろん色々な理由はありました。
それらがあったとしても、当時は今に比べれば、はるかに物事が高速に進みました。敗戦で頭を抑える旧体制がなくなったから、みんな必死で自分の頭で考え、素早く行動できたんですよ。
さっきデジタル・モビリティって、キーワードが出ましたけれど、これほどの大変革が来るのだから、官僚システムが「今日の続きの明日」を決め打ちで予想して作文し、行政を回したって、当たるはずがないんです。次世代の社会を構築するためには、いっぱい試行錯誤しなくちゃいけません。そのためにも、壺の中で握りしめている手は、いちど開くべきなんです。
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