四戸:単純な事実として言えば、外観はたいへんよく似ています。

松浦:つまりF-1はエルロンをスポイレロンに入れ替えたジャギュアだ、と。

四戸:一言に要約するとそういう設計です。もちろん実際の開発はそんなに簡単なものではなく大変な苦労があったのですが。ところで、スポイレロンには、エルロンと違って操舵できなくなる状態があるんです。

Y:は?

四戸:スポイレロンは主翼に揚力が生まれている状態で、片側の翼の揚力を減らしてロール軸回りの操縦をします。つまり、主翼に揚力が生じていない状態では操縦できないんです。

松浦:む? そんな状態って……。

四戸:垂直上昇、および垂直降下の時です。

松浦:それ、軍用機としてはまずくありませんか。MU-2のようなビジネス機はそもそも垂直上昇できませんし、垂直降下することもまずないでしょうけれど、軍用機はどんな飛行をするかもしれないというのに。

四戸:いや、実戦では戦闘機も攻撃機も垂直降下するような機動はまずしません。T-2は「超音速を出せる練習機」というのが基本コンセプトですから、スポイレロンの採用は間違っているわけではないのです。

 ところがですね、T-2は、アクロバット飛行チームのブルーインパルスが採用してしまいました。

Y松浦:T-2ブルインで垂直降下って……ってことはあの事故!

四戸:そうです。T-2ブルーインパルスの浜松基地航空祭の墜落事故につながるんです。1982年11月14日でした。

ブルーインパルスの塗装を施したT-2練習機(航空自衛隊浜松広報館にて。撮影:松浦晋也)

ジャギュア:英仏共同開発の攻撃機/訓練機。1968年初飛行。

フランス空軍のジャギュア攻撃機(画像:By DoD photo by: TSGT MIKE BUYTAS, USAF - [1], Public Domain, Link

T-2:三菱重工が開発した、航空自衛隊向け超音速練習機。日本初の超音速機である。1971年初飛行。開発当初から支援戦闘機への展開が可能な設計となっており、派生型として対艦攻撃と対地攻撃を主任務とするF-1支援戦闘機が開発された。支援戦闘機とは空自における攻撃機の呼称。こちらは1977年に初飛行している。

ブルーインパルス:航空自衛隊のアクロ飛行チーム。正式部隊名は第4航空団飛行群第11飛行隊。現在はT-4練習機7機体制で、松島基地を本拠地としている。

ブルーインパルス浜松基地航空祭墜落事故:1982年11月14日、航空自衛隊浜松基地開設25周年祭に出演したブルーインパルスが起こした墜落事故。演技飛行途中の下向き空中開花で4番機の引き起こしが遅れ、基地北方500mの駐車場に墜落、炎上。この事故によりパイロット1名が死亡。店舗・住宅各1棟が焼け、近隣にいた住民や見物人など12名が重軽傷を負った。ブルーインパルスの演技飛行は1年8カ月にわたって停止した。

垂直降下180度ロールはT-2では禁じ手だった

Y:あの時は6機編隊が垂直降下からブレイクして6方向に機体が散る「下向き空中開花」という演技をしていて、4番機の引き起こしが遅れて近くの駐車場に突っ込んでしまったんですよね。鮮明に覚えています。

松浦:事故調査では編隊長が出すブレイクの指示が遅れたのが原因ということになっていましたけれど、それだけではなかったということでしょうか。

四戸:ブルーインパルスは、6機が編隊長の1番機を先頭に、2列目に2機、3列目に3機という三角形の編隊を組んで演技をします。下向き空中開花の演技では先頭の1番機がまっすぐロールせずに機体を引き起こします。2列めの2番機3番機、そして3列目左右の5番機と6番機が、それぞれ左右にほぼ60度と120度ロールして左右に分かれます。問題は3列目中央の4番機です。この機体だけは垂直降下から180度ロールしてから機体を引き起こすことになります。4番機は一番ロール角度が大きいんですよ。

Y:ロールは機体を右に傾けるか左に傾けるかですよね。ということは4番機はぐりっと機体の表裏をひっくり返してからエレベーターで機体を引き起こし、正常な状態では1番機と反対方向に飛んでいくわけですね。

四戸:さっきも言ったように垂直降下ではスポイレロンは効きません。主翼に揚力が発生していないから、そのままではロールできないんです。どうするかというと、まずちょっとだけエレベーターを引いて機体を引き起こして主翼に揚力を発生させ、それからスポイレロンを動かすんです。非常に微妙で難しい操縦です。しかも4番機はそれで180度ロールをしなくてはいけませんから、操縦にそれだけ時間がかかるんです。当然、引き起こしもそれだけ遅れます。

 アクロバット飛行は風にも左右されます。風向きによっては鋭敏なパイロットの勘も狂うんですよ。もしもちょっとスポイレロン操作に不都合な風向きで風が吹いていて、その状態で、編隊長からのブレイク指示が遅れたら……。

Y:T-2の機体には、そういう事情があったんですか。

四戸:事故の翌日、私は学校で久世紳二先生という、YS-11の設計に参加し、C-1輸送機では設計主任を務めた方の授業に出席しました。授業の冒頭で事故が話題になり、久世先生に「スポイレロンですね」と言ったら「お前、よく分かったな」と言われました。今までこの話をしたことはありませんが、もう時効でしょう。

旅客機にこそ向いていた技術

Y:しかし、航空機の設計者ならばその久世先生のように一発で分かることで、こうやって説明を聞いていれば、私のような素人でもなるほどと理解できる話じゃないですか。何でまた……。

四戸:さっきも言った通り、実際問題として、戦闘機も攻撃機も実戦で完全な垂直降下を行うことはまずありませんから、飛行機の設計としては間違っていません。いけなかったのは、スポイレロンを採用したT-2を、頻繁に垂直降下を行う曲技飛行に使うことです。

 ですから、この事故に関しては、そんな操縦特性を持つT-2練習機をなぜブルーインパルスに採用してしまったのかという、航空自衛隊の問題だと思います。三菱側の問題は、機体の性格をすべて把握している設計側としてそれを引き留められなかった、少なくとも垂直降下中のロールを演技からはずすよう強く進言できなかったところにある、と私は思います。その後、三菱は一切スポイレロンを使っていません。

松浦:なるほど、この悲劇が理由なのでしょうか。

四戸:ひとつ思い当たるとしたら、1985年8月12日に起きた日本航空123便の御巣鷹山への墜落事故も関係しているのかもしれません。伝聞ですが、航空機の主要エンジニアの方が複数名亡くなられたとか。スポイレロンを使わなくなったのも、経験豊かな技術者の喪失と関係しているのかも知れません。これは想像ですけれど、そう考えてしまうくらい日本の航空エンジニアは層が薄いんです。

 しかし、エルロンの代わりにスポイレロンを使い、主翼の後縁をすべてフラップにして高速性能と離着陸性能を両立させるという設計は、激しい機動を行わない旅客機では理に適っています。

松浦:なるほど、その通りですね。

四戸:本当はMRJでこそ、スポイレロンを採用してほしかったと、私は思います。

C-1:航空自衛隊の中型戦術輸送機。1970年に初飛行し、1976年から正式運用を開始した。

C-1輸送機(画像:防衛省ホームページより)