戦後日本最高の傑作機、三菱MU-2

Y:うーむ、色々考えてしまいます。たらればですけれど、日本の航空技術が、「ここでうまくやっていれば世界市場へと離陸できた」というようなタイミングはなかったのでしょうか。

四戸:そうですね。まず富士重工(現スバル)のFA-200エアロスバルですね。あれは良い機体でした。もっときちんとアメリカ市場に売り込めていれば……。

 そしてなによりも一番惜しいのは三菱重工のMU-2です。MU-2を後継機の開発にまでつなげることができていたら、今とは違った状況になったのではないでしょうか。あんなに見事な飛行機はそうあるものじゃないです。私は第二次世界大戦後に日本が開発した飛行機の一番の傑作はといえば、迷わずMU-2と答えます。

上から見たMU-2。機体サイズと比べて主翼が小さいことが分かる。この機体は航空自衛隊浜松広報館に展示されている救難捜索仕様のMU-2S(撮影:松浦晋也)

Y:MU-2のどこが優れていたのでしょうか。

四戸:まず速いこと。あのクラスの機体で最大速度460km/hというのは半端ではないです。それでいて離着陸距離は短いんです。その高性能っぷりに、今でもアメリカにはファンがいるぐらいです。

 その性能を実現した設計上の工夫が、スポイレロンだったんです。

Y:スポイレロン? スポイラーでもエルロンでもなくて?

四戸:飛行機が、3軸回りの回転で操縦するのは知っていますよね。3軸に対応する舵面があって、それを操作することで操縦します。

松浦:ピッチ、ヨー、ロールですよね。それぞれ舵面ではエレベーター、ラダー、エルロンで操縦する。

Y:えーと、まずピッチは機首の上下ですよね。これはエレベーター…どこでしたっけ。主翼?

松浦:いや、水平尾翼についた舵面です。

Y:そうか、昇降舵ですね。飛行機を上昇させるか下降させるかを操る。ヨーは機首を右に振るか、左に振るかで、舵はラダー、これは垂直尾翼についている。ロールは機体を右に傾けるか左に傾けるかで、ああ、こっちが主翼ですね。エルロン。

松浦:そうです。エルロンは左右の補助翼を互い違いに動かします。

ロール、ピッチ、ヨーの3軸の回転と、それぞれを制御するエルロン、エレベーター、ラダーの舵面(Wikipedia掲載の画像より作成)。

四戸:その通り。そしてスポイレロンは、そのエルロンに相当する左右の傾きをエルロンの代わりに操縦する舵です。

Y:なぜ、エルロンの代わりがいるんですか。

四戸:飛行機の最高速度を上げるにはどうするかといえば、主翼を小さくするんです。しかし主翼を小さくすると離着陸の速度が大きくなりすぎてしまう。つまり短距離では離着陸できなくなります。そこで現在の飛行機は主翼の後縁にフラップを付けます。フラップというのは、主翼の後ろを下に下げて、より低速で飛べる翼型に変化させる機構です。ところで、フラップもエルロンも主翼の後縁につけますから……。

Y:ああ、場所の取り合いになっちゃうんだ。

四戸:そうです。そこでMU-2はどうしたかというと、主翼の後縁を全部フラップにしました。すると離着陸時のフラップの効果が大きくなるので、より小さな主翼でも短距離で離着陸できます。そしてエルロンをなくしてしまった代わりに、ロール軸回りはスポイレロンで操縦するようにしたんです。スポイレロンというのは、主翼の上側に空気の流れを阻害する板を突き出すというものです。主翼回りの空気の流れを阻害すると、浮く力、揚力が減りますよね。右主翼のスポイレロンを突き出すと、右主翼の揚力が減りますから、左主翼の揚力によってロール軸回りに右側に回転します。左のスポイレロンを出すと左回転です。こうしてエルロンなしでの操縦を可能にしたんです。こうして、高速性能と短い離着陸距離を両立した傑作機MU-2ができあがったんです。

Y:素晴らしいじゃないですか。

四戸:設計の難しいスポイレロンをMU-2で実用化した当時の三菱のエンジニアは、本当に優れた人達だったと思います。

ブルーインパルスの悲劇

四戸:ところがその後があったんです。MU-2の開発があった時期は学会でもスポイレロン関係の論文発表が山のように出てました。「スポイレロンは三菱のお家芸」とまで言われたんです。MU-2の成功体験があったので、三菱は次に自衛隊から超音速練習機の仕事がきた時にもスポイレロンを使いました。それがT-2です。T-2からはF-1支援戦闘機が派生しました。

Y:ああ、英仏共同開発のジャギュア攻撃機そっくりの機体ですね。子供のころ、T-2とジャギュアのプラモデルを作ったときに「あれ?」と思った記憶が。