Y:しかし、三菱だって優秀な人材を集めてきたわけですよね。それなのに「作る」と「創る」を勘違いしたというのは、なにかもっと根本的なところに問題があったんじゃないでしょうか。

四戸:2008年の開発立ち上げ当時、私が驚愕したのは、電車の吊り広告に「三菱航空機エンジニア募集」という人材募集の広告が出たことでした。

松浦:そういえばそんなことがありましたね(松浦注:自分のブログでも書いていました。こちら)。

Y:技術者の数が足りなかった?

四戸:足りないというよりも、おそらくいざ開発を始めてみたら、事前の見通しとはうらはらに手も足も出なかったんでしょうね。それで経験者を募集したんですよ。でも、日本にそんな経験者の人材はいないですよ。これまでお話ししたような経緯で、ずっと飛行機を開発してこなかったのですから。

松浦:それが回り回って、現在につながってくるんですね。

Y:もともといないところで、人材募集してもしょうがないような気が……。

松浦:純粋に技術的な観点からで構わないのですが、四戸さんはMRJのこの先の可能性をどのように見ますか。MRJは「航空日本復活の象徴」みたいな扱いでメディアに登場してきましたけれど、MRJをきっかけに日本の航空産業が成長軌道に乗るとお思いでしょうか。

四戸:当初のMRJは、機体をCFRP製にして重量を10%以上軽くして、かつ開発中の燃費のいいギアードターボファンエンジンを積極的に採用し、性能的な優位を確保してリージョナルジェット旅客機の市場に参入していこう、という考えでした。しかし、作れると思っていたCFRPの機体は作れませんでした。そして開発が遅延したことで、ギアードターボファンエンジンはライバルも採用してくるようになりました。

 今のMRJは、徹底的に保守的な設計になっています。それは破綻させずに最後まで開発をやりきるという意味では安全なんですが、当初目指していた性能的な優位は消えたということでもあります。それだけMRJの商品価値は下がっています。

 ブラジルのエンブラエルやカナダのボンバルディアといったライバルメーカーも次々に新型機を市場に送り込んでくる中で、完成したとしても販売は大変厳しいことになるでしょう。

やめるな、前を向け、次世代機を開発せよ

松浦:では、止めどきですか?

四戸:いいえ、止めてしまえ、撤退すればいい、ではないです。今こそが踏ん張り時です。

 なぜなら、少なくともMRJを開発したことで、旅客機開発の厳しさを身をもって体験したエンジニア群が生まれたからです。旅客機という商品の難しさに文字通り叩きのめされた彼らが、経験を生かす次のチャンスをつくらなくてはいけません。

 「株主が」とか「企業ガバナンスが」とか言わず、三菱重工は赤字だろうがなんだろうが、歯を食いしばってMRJを売り、次世代機の開発に進むべきです。でなければ、せっかく生まれたエンジニア層は四散し、日本は二度と旅客機市場への参入などできなくなるでしょう。

 三菱重工は豪華客船の開発で失敗して赤字を出しましたよね。そしてMRJの先行きも怪しい。しかし、どちらも敗戦処理だけでお終いにしたら、本当にもう後がなくなると思います。企業経営者は、こういうときにこそ、顔を前に上げて「Get a step forward」と社員に語り、社会に宣言するべきなんです。

Y:でないと、関わった方々の苦労は無駄になってしまう。

四戸:そうです。「失敗したね、じゃ、おしまいだ」だと、後につながらない。

松浦:日本はYS-11で、まさに後につながらない形の締めくくりをやってしまっていますよね。開発と製造を担当した特殊法人の日本航空機製造の赤字がかさんだことから、機体は182機で製造中止。一時期は自衛隊向けのC-1輸送機の開発を担当させて存続させようとしましたが、結局は日本航空機製造は解散ということになってしまいました。

 ボーイングですら、747の完成直後、1969年から1970年にかけてすさまじい経営不振に陥って大規模なレイオフを実施していますよ。私、同社の立地するシアトルから出て行く道の端に、組合が「最後に出て行く者は、町の灯を消していくように」と自虐ユーモアの看板を出した、って話を聞いています。

Y:一見華やかですが、「苦境の中であがき、粘る」ということがこの業界のデフォルト、ということでしょうか。

松浦:船の上では華やかにパーティをやっているけれども、板子一枚下は地獄。投資もリスクも大きい。旅客機の製造販売というビジネスには、本質としてそういうところがあるんですよ。

日本航空機製造:YS-11の開発と製造・販売のために1959年に設立された特殊法人。YS-11が売れば売るほど赤字が増える原価割れ状態に陥り、累積赤字がかさんだために1971年に解散決定となり、残務整理の後に1983年に解散、消滅した。赤字の原因は、設立当初から甘かった経営計画、天下りだった首脳陣の無責任体制、メーカー各社からの出向者が出向元の意向をうかがって協調できなかったこと、おりからのドルショックによって発生した為替差損などが指摘されている。

(次回に続く)