CFRPで作れるはずが、作れなかった

四戸:三菱重工は本当に「自分達は新たな旅客機をゼロから創れる」という確信があったのだと思います。そのあたりは炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を巡る経緯を見ていくと分かってきます。

Y:最初は全体をCFRPで作るはずでしたが、途中で主翼は従来と同じ金属製に変更していますよね。

MRJ機体構造のCFRP使用状況(出典 佐倉潔:三菱航空機株式会社技術本部副本部長「MRJを世界の空へ~ Flying into the future ~」航空と文化(日本航空協会) 2014年新春号より)
MRJ機体構造のCFRP使用状況(出典 佐倉潔:三菱航空機株式会社技術本部副本部長「MRJを世界の空へ~ Flying into the future ~」航空と文化(日本航空協会) 2014年新春号より)
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四戸:現在ではCFRPを使っているのは、主翼の補助翼と尾翼、エンジンを覆うフェアリングだけです。でも機体の検討時点では、機体全体を軽量高強度のCFRPで作る予定でした。ボーイング787は胴体から主翼、尾翼に至るまでかなりの部分をCFRPで作っています。全体の機体の半分以上がCFRP製です。主翼のCFRP部位の製造は、三菱重工が担当しています。

 「787で現に作っているんだから、できないわけはない」――三菱重工はそう考えていたのだと思います。開発当初の1年間は、徹底的にCFRPにこだわっていましたよね。でも、結局「一部を除いた機体主要部分を金属材料にします」ということになりました。

 推測ですが、「できる、作れる」と思って設計を始めたら、実は作れないということに気が付いたのだと思います。「作る」と「創る」の違いです。

Y:傍証でも、なにかありますか?

四戸:実は私、MRJのシンポジウムでCFRP関連の質問をしたらつまみ出されちゃったという経験をしていまして……。

Y:何を聞かれたのですか。

四戸:このあたりは、複合材料の製造技術と関係していて、色々説明が必要ですね。炭素系複合材料の成型方法は各種あります。もっとも一般的なのは、事前に熱硬化樹脂を含ませた炭素繊維、プリプレグといいますが、これを使う方法です。型の上にプリプレグを何枚も積層してから、気密性の高いバッグで覆います(バギング)。次にバッグの内部を真空に引いて、オートクレーブという炉の中に入れて加熱、樹脂を固めるという手法です。

Y:レーシングカーのシャーシでも使う製造方法ですよね。

四戸:そうです。三菱も、F2戦闘機の主翼はこの手法で作りました。ただ、この方法はプリプレグがかなり高価という欠点があります。

 それに対して、MRJはVaRTM(バータム)という複合材の成型方法を使うので非常に製造コストが安くなる、というのが、開発開始時点での売りだったんです。RTMというのはレジン・トランスファー・モールディング(Resin Transfer Molding)、「レジンをトランスファーする」。つまり型に繊維を貼り込んで樹脂を流し込む、という成形法なんです。

 RTMという手法は古くからあって、最初期の事例としては、第二次世界大戦で米国が上陸用舟艇の船体をガラス繊維を使ったRTMで作っています。ヤマハはレジャーボートの船体をRTMで作って世界的にビジネスを成功させました。

 バータムのVaはバキューム、真空です。まず繊維素材を型の上に積層してからバギングして真空に引いて、それから樹脂を流し込み、加熱して固めます。成型の自由度が高いという特徴があります。

 私は「バータムは、RTMとどういう違いがあるのか」と、純粋に技術的な質問をしたんです。別に意地悪をする気はまるでなくて好奇心で聞いたら、発表者が完全に固まって答えられなくなっちゃったんですよ。で、「出て行って下さい」になってしまったんです。

松浦:それは深刻な事態じゃないですか。作る側が作る手法の利点や欠点を明確に把握してないということだから。

四戸:発表ではいろいろとバータムの利点を話すんです。「主翼を製造する際は、あらかじめ外板を形成する繊維の中に少しだけ樹脂をライン状に入れておいて、その上に垂直に桁を立てておくんです。それをアイロンで加熱することによって、あらかじめ外板と桁を一体に固定しておいてから、バギングして樹脂を流し込んで加熱する。こうすると、主翼を一気に成形できます」とか。

松浦:結構ノウハウが必要な成形法みたいですね。樹脂を流して熱硬化させる前にバギングして真空引きするわけですから、桁の取り付け精度の維持が大変そうだ。ずれたりしないのかな。

胴体製造のノウハウは開示されていないはず

四戸:そうです。おそらく後から桁をサポートする型で別途固定しなくちゃならない。型はコスト増加の要因ですから、そうなるとRTMに対してあまり利点がないんじゃないのかな、と私も思って質問したんです。

 まあ、そういう細かい点は別にしても、私の「RTMとどう違うんですか」という質問にすらまったく答えられないようなエンジニアがいるような状況で、CFRPの機体を作ろうとしていたわけです。

 構想段階で検討していた胴体のCFRP化についても、多分状況は同じだったんだろうと思います。787の胴体成形のビデオを見たことありますか。

Y松浦:ありません。

四戸:円筒形の型をぐるぐる回転させて、繭を作るように外側から炭素繊維を巻いていくんです。もとはといえば海中で使う高圧ボンベを作るために開発された方法で、ついで宇宙分野で固体ロケットのモーターケースを作るのに使用されました。

松浦:ああ、日本のH-IIAロケットの固体ロケットブースターはその方法で作っています。

四戸:そうですね。787の胴体も同じ方法で作っています。でも、航空機の胴体はボンベや固体ロケットとは違う難しさがあります。胴体前部や後部は太さが変わるし、しかも窓があるということです。

Y:ぐるぐる巻いていって、後から窓のところを切り出すんじゃないんですか。

四戸:そうなのですが、可能な限り窓の部分の強度低下を避けるようにして炭素繊維を巻いて積層していって、胴体を形成するんです。

Y:……いったいどうやるんでしょう。

四戸:もの凄い製造技術ですよ。日本メーカーでは川崎重工業が787の前部胴体の太さの変化がない部位を担当しています。三菱は787の製造で、CFRP製主翼という重要部位を担当しているので当初は「胴体も自分でもできる」と判断したのだと思います。ところが、太さの変化する胴体を、窓のところの強度低下を避けつつ炭素繊維を巻いていくために、どういう手段で行うかは、ボーイングのノウハウです。日本企業には開示されていません。

 CFRPで胴体を作ることができると判断して挑戦し、結局「できない」と気が付いたのだと思います。自分たちでも驚いたのではないでしょうか。現に787で作っているのに、いざ自分でやってみるとできない。

 ここでも「作る」と「創る」は違うという問題が見えてきます。三菱は、「作ることができる」を「創ることができる」と勘違いしてしまったんです。

松浦:型に1本の炭素繊維をぴんと張った状態でぐるぐると巻いていくというのは、数学でいうと測地線の問題ですよね。ひょっとしたら太さの変化する型に、窓の部分を避けるように巻いていく方法の開発にあたっては、エンジニアではなくて数学者が動員されたんじゃないでしょうか。

四戸:数学者が関わった可能性はあるでしょうね。それも工学のための応用数学ではなくて、純粋数学の学者が。純粋数学なんて「役に立たない」と思っている人もいるでしょうが、実は非常に基礎的で応用範囲の広い学問です。米国もロシアも、数学のような基礎的な学問を非常に大切にします。ボーイングには、そういう奥深い学問を大切にする度量があると思います。

測地線:直線を曲がった空間にまで拡張した数学的概念。円筒や球面などの曲面にひもを密着させて這わせた状態でぴんと引っ張ると、それは測地線となる。

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