四戸:その結果、ある飛行機の形状が浮かびます。この段階が航空機設計のすべてを決めます。各部の詳細な寸法は決まりませんが、全体像はこのような設計者の頭の中の作業で決まります。

Y:次に、コンピューターを使って検証するわけですね。

四戸:いや、その前に最初の思いつきを検証するにあたっては、「模型」の果たす役割が非常に大きいんですよ。

Y:コンピューターの前に模型ですか?

四戸:たとえば、ボーイング747、いわゆる「ジャンボジェット」は、ジョー・サッターという方が設計主任を務めましたけれど、サッターの伝記を読んだことありますか。

松浦:読みました。というか、日本語版のあとがきを書いたのは、実は私です。

四戸:ああそうか、失礼しました(笑)。あの中に、プロジェクトが始まったときにホテルに缶詰になって、みんなで模型屋に行ってバルサ材を買ってきた、という話があったじゃないですか。そうなんです、バルサ材を買ってきて削るんですよ。嘘みたいに思われるかも知れませんが、後退角だったり、翼面積だったり、ボディーの太さだったりという機体全体のイメージを把握するためには、まず模型を作るんです。「掴み感」を具体的に得るために。

 747は世界初のワイドボディ機でした。では「胴体が太い飛行機」ということはどういうことか、という感覚を掴むためには、博士号を持っている連中が合宿でその場でバルサを削って作って、手に持って「うーん、そうだよな」とやるんです。「創る」にあたっては、そういう模型の感覚が非常に重要です。

 設計者は模型を眺めながら「空気の流れ」と「構造の流れ」を思い浮かべます。構造の流れとは、いわば「材料の配置」のことですが、空気の流れから生じる力に対してそれを受ける構造材料には応力の流れが生じます。これらを模型を手に取って眺めることで、「目」と「手」から思考を活性化させていくんです。ですから練達の航空機設計者は、みんな驚くほど模型好きです。ボーイングでもロッキードでもエンジニアは模型飛行機が大好きです。実機の設計における模型飛行機の意義って、とても大きいんですよ。

松浦:そういえば、バート・ルータンの会社、スケールド・コンポジッツには、模型飛行機を投げて飛ばすための鉄塔がありますね。新型機を開発するとなると、まず模型飛行機を作って鉄塔に登り、上から投げて飛ばしてみるそうです。

模型を作ることの合理性

四戸:そうですね。単なる形だけの模型ではなくて、実際に飛ばす「飛行模型」の重要性が分かるエピソードだと思います。「飛行模型」は風洞模型と同じ種類の用途です。実際に機体の周りに空気の流れを作って、観察してみるわけです。しかし飛行模型は風洞とは違って、実際に飛行させます。これにはもの凄く大きな意義があります。空気の流れと、機体の運動とを、ごくざっとですが一度に把握できるんです。

 風洞実験では風洞の中に模型を入れて、流れに対する角度を変えてデータを取っていくじゃないですか。そうすると、その角度で空気がどういう流れになるのかということは、明確に分かります。その一方で、その流れの中で飛行機がどういう運動をするかということは分からない。風洞試験は、静的な、スタティックテストなんです。動的な、ダイナミックテストじゃないんです。

 模型を実際に飛ばすと、これはダイナミックテストですから運動が分かります。大きさは実機と違いますが、どのように機体が運動するかは調べることができます。その運動の中から制御の専門用語で「時定数」という、大きいもの、重いもの、広がりの大きいもの、広がりの小さいものの運動の差ってあるじゃないですか。そこを見切ることができると、実機の設計に向けた色々なデータが得られます。

 特にxyzの3軸の連成した動きを定性的ながら確認できることは、設計者にとっては大変大きな意味があります。

松浦:手に持って眺めて、応力のかかりかたをイメージして構造設計を固め、実際に飛ばして運動を観察して、空力設計を固めていく……といったことでしょうか。

四戸:そんな感じですね。もちろん模型にも限界はあるんです。まず速度域の違いを勘案しなくてはいけないですしね。実際には空気の粘性とか圧縮性とかの効果があるものですから、模型試験の結果をそのまま実機に拡大解釈できるわけではないです。模型は本当にざっくりした、全体の方向性を掴むためのものです。

 航空機の設計は、設計目標の的は外しちゃ駄目なんですけど、最初から真ん中に当てなくてもいいんですよ。的の一番端っこでもいいから、とにかく当てるテクニックというのがあって、そのためには模型を作っていじってみる、ということが非常に有効なんです。

Y:ああ、それこそが大局観であり掴み感であるわけですね。

四戸:私の過去の仕事でいうと、八谷和彦さんの「メーヴェ」こと「オープンスカイ」プロジェクトでは、何度も何度も計算した上に模型を2種類作って飛ばし、実験をしました。

Y:八谷さんが公開した映像を見ました。やっておられましたね。

メディアアーティストの八谷和彦氏が行っている「風の谷のナウシカ」に出てくる飛行機「メーヴェ」そっくりの機体を実際に開発して飛ばすプロジェクト「オープンスカイ」の 映像。1分15秒付近に、模型を飛ばして実験を行う四戸氏が登場する。(再生時に音楽が流れます)

Y:すると、「作る」と「創る」の違いは、「掴み感」「大局観」の有無ですね。それが欠けていることに、三菱の技術者も経営陣も気が付かなかったのではないか、ということでしょうか。

コンピューターの出番は“その後”

四戸:そういうことだと思います。逆に言うと、掴み感、大局観に基づいた基本設計が決まれば、その時点で設計の合理性は確保できています。次の段階の詳細設計では、コンピューターを駆使して設計を詰めて、具体的な寸法を決めていけばいいわけです。

 従来のボーイング機の開発で、日本企業が行ってきたのはこの段階、詳細設計のレベルです。それは重要な仕事ではありますが、まっさらな白紙の上に、掴み感・大局観に基づいた基本設計を提示する仕事とは質が全然違います。

 そこの違いを、三菱は見誤ったのだろう、詳細設計ができれば基本設計もできると考えたのだろう。そう私は見ています。

松浦:そういう掴み感が身に付いた設計者を育成するにはどうしたらいいと思いますか。

四戸:子どもの時からの模型飛行機体験こそが第一歩でしょうね。私たちが子どもの頃って、近所の原っぱや河原で、当たり前に模型飛行機を飛ばして遊んだでしょう。自分の作った模型がうまく飛んだり、墜落したりして、喜んだり悲しんだりした。あれこそが、航空機設計者に必須の能力である「掴み感」の第一歩なんです。あの感覚が身に付いていないと、航空機の設計はできません。

松浦:しかし最近は極端なまでに安全にうるさくなって、子どもですら模型飛行機を飛ばすのが難しい社会環境になっていますよ。

四戸:そうなんですよねえ。私のようなエンジニアが、実際に模型を使って実機を設計するプロセスを実践して見せる機会を増やすのが最も近道なんでしょう。八谷さんのメーヴェのフライトが、よい誘い水になればと思います。

バルサ:熱帯産の木材。多孔質で密度が低く、その割に丈夫なので模型飛行機の材料として長年使われてきた。

ジョー・サッター(1921~2016):米国の航空機設計者。シアトルに生まれ、ボーイングに就職し、世界の航空輸送を変革した巨大旅客機、ボーイング747の設計主任を務めた。自伝は『747 ジャンボをつくった男』(日経BP社 2008年)。

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