冷戦下、米国の技術吸収こそ航空産業関係者の本道と認識したことで、日本の航空機自主開発は茨の道となった。開発をリードすべき立場の国土交通省・航空局は自ら審査する能力を失ったが、それだけが問題ではない。MRJの開発主体である三菱重工業、そして開発のために設立された三菱航空機は「作る」ことはできても「創る」ことができなくなっているのではないか。1985年以来、独力で航空機開発の道を進んできた四戸哲氏へのインタビュー、第4回目です。

編集Y(以下Y):国産旅客機、MRJは、型式証明取得の壁(前回参照、こちら)に突き当たっています。

四戸:三菱航空機は今、米国でどんどん熟練技術者を雇用している一方で、国内ではMRJに携わる人員を削減しています。

四戸 哲(しのへ さとる)有限会社オリンポス代表取締役。1961年、青森県三戸郡生まれ。小学生時代に見た三沢基地でのブルーインパルスのアクロバット飛行を見たことが航空エンジニアを志すきっかけとなった。学生時代のヒーローは航空エンジニアの木村秀政氏。高校卒業後に木村氏が教授として在席している日本大学理工学部航空宇宙工学科に入学し、日大航空研究会に所属。卒業後、日本には極めて珍しい、航空機をゼロから設計する会社としてオリンポスを創業。木村氏を顧問に迎える。以後、軽量グライダー、メディアアーティスト八谷和彦と、『風の谷のナウシカ』に登場する架空の乗り物「メーヴェ」を模した一人乗りのジェットグライダー「M-02J」(こちら)の機体設計・製作を担当。国産初の有人ソーラープレーン「SP-1」、「95式1型練習機(通称・赤トンボ)」の復元プロジェクト、安価な個人用グライダーの開発・製造を行っている。

松浦:2017年5月には、関連従業員を2割削減すると報道され、6月には外国人技術者を600人採用したという水谷久和社長の発言がありました。型式証明取得は初飛行以上の開発の山場です。この時点で、検査の本拠地を米国に移して、かつ国内で人員を減らしたということは、自主開発という当初の目的から遠ざかったことになります。

四戸:そうなんです。MRJの現状は、国産旅客機といいつつ、米国の熟練技術者が開発するという形に移行しています。

 このあたりは、前回の国交省の検査能力とも関連しているんです。検査する側の力量は、ゼロから航空機を開発できる下地があって初めて育つんですよ。自力で白紙の段階から航空機を設計し、製造して、「検査してくれ」と持ってくる人達がいてこそ、検査官が検査し、安全性を確保する技量が向上するんです。

Y:「こんな図面、描いてみました」と航空局に検査を申請する人がいっぱいいれば、「お前、こんなばかなものが飛ぶわけないだろう」というところから始まって、開発する側も検査する側も技量が上がっていくんですね。

「製造できる」と「開発できる」の違い

Y:しかし当初、三菱重工は、MRJを自社の技術で開発できると考えていたわけですよね。大規模な投資が必須の開発に踏み切るという経営判断を下すにあたっては、相応の根拠があったと思うのですけれども。

四戸:多分に自己認識が間違っていたのだと思います。確かに三菱重工はボーイングとの協業の中で、航空機製造に関しては高い技術を獲得してきました。が、それは製造の技術であって、ゼロから航空機を設計し開発する技術ではなかった。そこを見誤ったのだと思います。

 そこには、多分にボーイングの“うまさ”というものもあったのかもしれません。ボーイングの社長は、よく「787は日本製だと言っていい」と言っていました。

Y:リップサービスだった?

四戸:リップサービスですよ。だって787の機体システム全体の設計に日本企業が参加したかといえば、そうじゃありませんから。日本の航空産業は、1980年代の「767」以降、「777」、「787」と、ボーイングと協力してきましたけれども、その役割は単純に言い切ってしまえば下請けです。米国が引いた図面を受け取って、航空機の一部を作ってきたんです。

 もちろん、その経験の中で製造技術は進歩します。色々な工夫をこらしてボーイングが期待していた以上の部品を作り上げてきたわけです。お世辞抜きで、ボーイングからすれば他に代え難いパートナーとして成長してきたのだと思います。

 たとえば主翼と胴体が交差するセンターセクションという部位があります。胴体に隠れてしまう部分です。非常に複雑でかつ強度的に重要で、航空機の心臓といってもよい部位です。

 このセンターセクションの製造は日本メーカーが行っています。日本に任せるというのは、ボーイングが日本の製造技術を信用しているということですし、同時に日本の製造技術の高さを示しています。もうひとつ、日本の工作機械メーカーが世界的に最高水準にあることも見逃せません。

 しかし、つくる、という言葉には、「作る」と「創る」があるんですよ。日本人は作ることに関しては本当に長けていますね。でもそこで、ゼロからの創造を意味する「創る」も長けている、と勘違いしてはいけなかったんです。

航空機設計者には、模型を通じた“掴み感”が必須だ

Y:「作れる」けれど「創れない」……やや感覚的な話のような気もしますが。

四戸:その違いは「掴み感」があるかないかです。おそらく「掴み感」といっても、「なんだそれ?」と思われますよね。

Y:はい。分からないです。全体を一気にイメージするということなんでしょうか。

四戸:新型機の設計において設計者の前には「要求仕様」と「白い紙」が広がっているだけです。設計者の仕事は、要求仕様に対して、2つの正しい答えを出して、一つの設計として結実させることです。ひとつが空力設計で、もう一つが構造設計です。つまり、「きちんと飛ぶことができるか」と「要求条件で壊れないか」ですね。機体重量という制約条件がありますから、この2つは相互に関連しています。

 現在の設計ではこの作業にコンピューター解析が欠かせないものになりました。空力設計のための解析にはCFD(Conputational Fluid Dynamics:数値流体力学)のソフトが、構造解析にはFEM(Finite Element Method:有限要素法)のソフトが絶大な力を発揮します。そのため、まるでCFD、FEMが高性能な飛行機を設計してくれるような誤解が蔓延しています。

 しかしこれらの「解析システム」は、入力したデータに対してその結果を示すだけです。決して「最適な結果」を自動的に導いてくれるわけではありません。CFD、FEMはあくまで「その条件ならこういう結果です」と知らせるだけで、「解析すべきデータを創出する」のは設計者です。これは分かりますか。

松浦:つまり、コンピューターは完成した設計を評価することはできる。けれど、妥当な設計を提示できるのは今のところ人間だけだ、ということですか。

四戸:そうです。設計者が妥当なグランドデザインを創出し、解析システムでその妥当性を検証するのが「設計」のあるべき姿です。コンピューターによる解析は、設計を検証するものであって、新たなデザインを生み出すものではないんですよ。

 設計者は自らの知見や経験で「検証に値するデザイン」を創出する能力が求められます。これが「掴み感」です。

Y:「掴み感」というのは、将棋や囲碁の「大局観」と似ていますか。

四戸:同じものです。設計者はまずは「勝ちの盤面」をイメージして、それから、その差し手を検証することを繰り返します。検証はコンピューターが助けてくれるけれど、勝ちの盤面は自分で思いつかなくちゃいけないんです。

 基本設計では何はともあれ設計者がグランドデザインを提示しないと検証が始まりません。その時、設計者の脳内では空力と構造、時間、予算、人事に関する無数のトレードオフが渦巻いています。