四戸:しかし、英語の壁と経験のギャップを缶詰学習で乗り越えるのは難しかったようです。機上で必要になる機敏な英会話や、英語で書いてある飛行で使う書類の流し読みなど、航空機の試験飛行で必要なレベルまで英語が普通に使える人ってそんなにいないんですよ。

 なにより、飛行機の設計や、実機に直接触れる検査の経験が圧倒的に不足している。ベテランの米国人講師に連日審査のノウハウを英語で叩き込まれて、めちゃくちゃ頑張ったとしても限界はありますよね。

松浦:当然のことができていないように思えますね。仮にも旅客機の審査ができ、メーカーを導ける人間を、缶詰教育で作れるわけがないです。少なくとも若手の選抜から始めて、10年単位で育成していくものではないですか。促成に頼ったこと自体が、「本気で」自主開発を促進するつもりだったのか疑わしいとすら思わせます。

四戸:ええ、YS-11時代の経験にもかかわらず、審査体制構築への取り組みが甘かったのは否めないと思います。国交省も三菱も、「オールジャパンで開発・審査」と、当初は考えていたのではと思いますが、結局、現場を米国に移動することになっています。

松浦:分かってきました。新型機を開発しやすい環境がないから、新型機の開発がない。新型機が出てこないから、耐空証明を審査する人材も育たず、書類の上での煩雑かつ実効性がない審査になり、ますます新型機を開発しにくくなる。すると新型機の開発は米国に逃げていき、それによって審査体制の改善は行われなくなり、根本的な環境の改善に至らない……という悪循環なんですね。

審査には書類ではなく「物理法則に遡る」思考が必須のはず

四戸:大変きついことを言ってしまいました。私は現在の航空局の方々にはもちろん個人的な恨みはありません。多分に、よく事情が分からないままに、「書類の整合性」が本当に安全の確保に役に立つのだと信じ込まされた世代なんです。既に海外で承認を受けた機体を対象に、規則通りの運用を行っているか、という観点で安全を考える。これをずっと行ってきた世代にとっては「完全に新作の機体そのものが安全にできているかを、航空機が空を飛ぶ物理的原則まで遡って調べることこそが、耐空証明の検査である」という観点は本当に新鮮なのではないかと思います。

Y:えっ。それは皮肉ですか。

四戸:違います。たとえば、先ほどお話ししたM-02J。あれは、普通に考えたらとてつもなく危険な機体に見えるはずなんです。無尾翼機でしかもパイロットが翼の上に乗って操縦します。こういう機体は生半可な知識ではとても設計できません。素人が自作して飛んだら、まず間違いなく死人が出ます。M-02Jは私なりに、自分の経験と能力の限りを尽くして安全に飛ぶように設計した機体なんです。

M-02Jの飛行(※再生時にBGMが流れます)

 こんな異形の機体が、審査に持ち込まれたらどうするか。私が検査官ならまず設計者の実力を測ります。実際の機体をつぶさに観察して、設計者が「勘所を分かっているかどうか」を見積もるでしょう。ああいう機体は、通常形式の機体のように「滑走を何回以上やったら、ジャンプ飛行許可」といった許可制度では事故を防げません。

松浦:確かに、これまでのセオリーから離れている以上、同じ検査基準だと漏れるところがありそうですよね。航空力学を理解した検査官が、その知識の上に立って実機を隅々まで観察し、書類を審査し、「これは本当に飛べるのか」ということを判断しないといけない。

四戸:しかし今の耐空証明の取得のステップ上に存在しているのは「一定の段階を踏んで行けば徐々に飛行許可範囲を拡大する」という制度だけです。飛行許可までの間に機体検査も工学的議論もありません。求められるのは書式の完備です。

 MRJだって、M-02Jと同じく新作の飛行機に違いはありません。M-02Jを審査できなければ、MRJも審査できるはずがないんです。

自分で設計製造して自分で飛ばないと、一人前扱いされない

松浦:完全新作の航空機を自らの見識で審査できなければ、国の審査制度が機能しているとは言えませんね。そういえばバート・ルータン率いる航空機・宇宙機メーカー、スケールド・コンポジッツは、「自分でゼロから設計製造した飛行機に乗って自分が飛ばないと、社員として一人前扱いされない」という話がありますが。

四戸:ルータンの会社の“社是”は、プロの航空機設計者がどうあるべきかを示しているんです。「プロの航空機設計者ならば、自作飛行機の設計が楽々できる技量が必要。でなければ、なぜ実用的な飛行機が設計できるというのか」という本質的な問いなんです。欧米で自作飛行機が普通に交通手段として利用できているのは、設計の本職が自作飛行機にも携わっているからです。単に工作が好きで手が動くアマチュアだけでは、設計には手が出せません。

バート・ルータン(1943~):米国の航空機設計者。炭素系複合材料を駆使して奇抜な形状の航空機を設計することで知られる。2004年には彼の設計した機体「スペースシップ・ワン」が高度100kmに到達し、民間が開発した航空機では初めて宇宙空間に到達した機体となった。

スケールド・コンポジッツ:1982年にルータンが設立した航空機メーカー。現在は、米ノースロップ・グラマン社の子会社となっている。

(次回に続く)

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