四戸:当時の日本に、新型航空機の耐空証明の審査ができるパイロットを養成しようという意識があれば、旧軍のパイロットを米国に送り込んで、緊急時の操縦の訓練を受けさせて審査に備えるべきだったんです。ところがそこまでやる余裕がなかったといいますか、やっぱり準備不足ですね。

 もう1つ、日本のパイロットは圧倒的に操縦経験が少ないんです。

松浦:操縦時間ですか?

四戸:いいえ。時間ではなく乗りこなした機種です、操縦した機種が少ないんです。日本の場合には、例えば戦争中に一式陸上攻撃機に1000時間乗ったというような人はいても、あの機にもこの機にもと、様々な機体に乗ったことがあるという人材がほとんどいなかった。

Y:それはどういう違いになりますか。

四戸:多種多様な飛行機を操縦した経験がないと、「この機種にはこういう性能が必要だが、実際にはこの性能が足りない」というような判断ができません。

 また残酷なことに、旧軍で生き残ったパイロットは年配者が多かったんです、戦争がせっぱ詰まってくると、若いパイロットを促成して前線に投入しましたからね。若いパイロットほど経験不足で戦死してしまった。そんな状況でしたから、検査官の人材不足は否めなかったと思います。

 当時の手記で読んだのですが、YS-11の開発では4名のテストパイロットが機体を操縦しました。そのうちのお一人は、厳密にはパイロット適性がなかったそうです。目の病気で片目の水晶体を手術していたんですね。本当はその状態で操縦してはいけない規定なのですけれど、内緒で操縦したということです。それぐらい試験飛行のできるパイロットが逼迫していたんでしょうね。

あからさまな誤訳がそのまま残っていた

四戸:まだ旧軍の人材が元気だったYS-11の開発時にしてそんな状態でした。日本の飛行機の検査の要領、審査基準は「米国の翻訳」という状態をいまだに引きずっています。

Y:先ほど、翻訳内容は惨憺たるものだとおっしゃいましたが、実際どんな内容なんでしょうか。

四戸:国土交通省が発行している耐空性審査要領を手元に取り寄せてご覧になると分かるんですけど、誤訳が多い。米国の原文と比較すると、意味が逆になっているところもあります。

Y:実例はありますか。

四戸:例えばですね、今手元にあるのは2013年に改訳する前の古い版なんですが、この「3-2-4-2設計フラップ下げ速度Vf」の「…より小さくなくてはならない」というのは誤訳です。ここは「より小さくてはならない」です。この審査要領に従ったら、危険な飛行機となってしまいます。これは航空力学を理解していたらすぐに気が付く初歩的な誤訳ですが、長年このまま流通してきました。

 この間違いは、2013年の審査要領の大改訂で解消しました。というのも、2003年に米国と欧州が審査基準を統一し、「JAR CS-22」という基準を作ったからです。日本は2013年になってMRJの審査があるということで、JAR CS-22を新たに翻訳して審査要領としたんですよ。これでやっとひとつ間違いが直ったわけですが、間違いはそれだけではありません。

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古い審査要領の誤訳(画像左)と、2013年改訂の新たな審査要領における該当箇所(右)。旧版の「小さくなくてはならない」が新版では「小さくてはならない」と逆の意味になっている。原文は「……must not be less than……」で、「小さくてはいけない」ということである。

四戸:それにですね、審査要領には0.78とか0.466とか、訳の分からない数字がたくさん出て来ます。計測した数値にそれを掛けろと書いてあるんです。

松浦:なんでそんな変な数字が出てくるんでしょうか。

四戸:元の米国の文書は、フィート・ポンド法で記述してあるからです。フィート・ポンド法だときちんと意味の分かる数式が記載されているわけですね。それを無理矢理メートル法に変換してあるんです。だから、数式を見てもその物理的な意味がすぐには理解できない。「審査のために何をしなくてはいけないか」を知るのに重要な、数式の意味が非常に分かりにくくなってしまった。おそらく、翻訳者が数式の意味を理解できないままに、形式的に翻訳した結果ではないかと思います。

松浦:今だったらSI単位系にするべきでしょうね。

四戸:今はSIですね。米国が長いこと単位系の変更に抵抗しましたので、航空分野では今でもフィート・ポンド法が優勢です。ここのところようやく米国も軍門に下ってSIになりつつありますが。欧州はもとよりメートル法で、するっとSI単位系に移行しています。

Y:ううむ。

四戸:ひどい翻訳でも、一度正式な規定になってしまえば効力を持ちます。そうなると、その翻訳文書が金科玉条になってしまう。申請する側は、どうしたって皆さん検査を無事通過したいですから、それを尊重するしかないんですよ。ほかに手がないんです。

 私は学生だった1980年ぐらいから航空局に通っていますけれども、学生時代はまだ戦中派の、自分で飛行機を設計して作った経験のある方がいらっしゃいました。たとえば頓所好勝さんという方です。戦前に頓所式グライダーを設計して自作し、自分で飛んだ方です。頓所さんは、独学で勉強されて航空局の検査官になりました。

 そういう方は我々が審査に行くと「若造が分かった気になるんじゃないよ。お前、ここ全然駄目じゃないか」というような感じできちんと見てくれるんです。足りないところを教え、導いてくれる。我々も言われたら悔しいからがっちり考えていく。私の恩師の木村先生は「どこ突かれてもいいようにしっかり計算していけよ」とよく言っていました。「真剣勝負」という雰囲気が残っていたんです。

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