Y:小学校6年生の娘によると、「私は今、これになりたい、なぜならこうこうの理由だ。そのためにこの学校に行ってこういう勉強をする」というのをみんなの前で発表させるんです。高校でも似たことをやらせる。たとえばフードコーディネーターという職業がまずあって、それになりたいとします。そうすると大学にそれ関連の学科があるんですよ。職業と大学の学科がイコールでつながっている。「既存の仕事からどれかを選べ、なりたければこの資格を取ってここに行け」みたいなことばかり、この国は妙にきちんと整えているんだな、と感じてびっくりしたんです。

作られた幻想のキャリアパス

四戸:うん、物事に「ルート」を作りたがるんですよね。なにしろ、そうするように躾けられた人がもうすでに教師の世代ですから。もう一巡以上しちゃっているんです。たぶん二巡近いと思いますね。

Y:早めに適性を調べる、というドイツのマイスター制度と、言葉にすると似ているんですが、どうも、カタログの中から選ばせて、お仕着せの進路に乗せたがる、というのか……。

松浦:本物に触れるのはいいし、熱中するものには15歳ぐらいでどっぷりと漬かったがいい。しかし、型にはめて「こうなりたいなら、この進路で」ときちきちに詰めていくのは、なにか間違っている気がしますね。本物に触れるのと、資格を取るのとは、同じ進路を決めることのようでいて、全然意味が違うじゃないですか。資格は手段であって、生の現実じゃない。

四戸:生々しさ、に触れるのが難しくなっていますよね。過去を美化して語ってはいけないところですが、自分が子どもの頃は、生活の中にある色々な事物が“生”でしたっけね。近隣の農家には自分たちで豚を絞めるところもありましたので。近所の川を豚の頭がごろごろ流れていくんです(笑)。

Y:うはっ。

四戸:で、子どもは何をするかというと、豚の頭に湧いているウジを捕まえて、釣り針につけて釣りをする。もうすぐに慣れて、メンタルが強くなるんですよ。そういえば土葬がまだ結構ありました。しかも私らが子どもの頃は、道路整備真っ盛りでバイパスを整備したり国道を拡幅したりとかするでしょう。そこでお墓の移転をすると、土葬をした人骨が出てくるんです。すると子どもは、おーっとか言いながら、拾っちゃう(笑)。火葬した骨は簡単に折れるんですけど、土葬した骨は生ですから硬くて折れないんです。

松浦:そうそう、人骨と言えば……

Y:ストップストップ。あああ、すみません。変に話を振ったものだから、話題が航空産業からどんどんずれちゃって。

四戸:ごめんなさいね。

松浦:面白いからいいですよ。でもYさんの懸念に応えて、四戸さんがおっしゃることを敷衍すると、現在MRJを作るのに関わっている技術者を含め、日本の航空産業に関わっている人々で、ティーンのころに自分が設計したグライダーで空を飛んだ経験がある人は、おそらくほとんどいないんじゃないか、と。

Y:まさしく、カタログで選んだ仕事、就職先だったのかもしれない。しかし、それが産業の競争力にまで影響を与えるものでしょうか?

四戸:ええ。日本の航空産業は、米国の技術情報に中毒した。その次にかかったのが、ここまでで触れた「専門病」だったのです。

(次回に続く)