MRJが“飛べない”現状はこのとき決まった

四戸:特に推進システムがプロペラからジェットの時代に入りましたので、技術も大きく転換している時期でした。今までの全てを時代遅れにする技術が理解できる図面が、理解可能な図面の形で山のように回ってきて、しかもそれが仕事になる――お金になるわけですから、よほどの偏屈者でもない限り断る理由がありませんよね。

松浦:映画「ライトスタッフ」でも描かれていましたが、当時の米国はソ連との冷戦に勝ち抜くために、航空機開発に莫大な投資をしていました。次から次に新技術を搭載した機体を飛ばす。試作機が墜落してパイロットが死亡しても、「さあ次だ」という勢いで気にもしない。

四戸:そうやって開発した最新技術が惜しげもなく日本に入ってきたわけです。米国は日本をソ連と対峙する戦力に仕立てなくちゃいけませんから、日本に対して飛行機のノウハウを解禁しました。その結果、日本のエンジニアは「米国から学ぼう」という意識がめちゃめちゃ強くなったんです。

 言い方を変えるとあの時期の日本は、米国から無制限に流れてくる新技術の中毒になった、ということです。あまりに彼我の格差が激しいものですから、来るものを学ぶことの喜びが非常に大きいものとなってしまう。ですから、独自に自分の意志で航空機を開発しようというマインドが起きなくなってしまったんです。何をするにしても、ロッキードやグラマンから流れてくるノウハウを素早く吸収するほうが、手っ取り早いし効果的でもある。

松浦:しかも、お金もついてくる……

四戸:そうです。自分は、この時代に、日本の航空産業が今の状態になることがほぼ決まったのだと考えています。

(次回に続きます)

■変更履歴
記事掲載当初、本文中で「私は1961年生まれなんですが、成人するまでに朝鮮戦争があり…」としていましたが、正しくは「私は1961年生まれなんですが、当時の日本は、朝鮮戦争があり…」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2018/03/02 15:30]