木村秀政(1904~1986):航空機設計者。東京帝国大学・航空研究所で、1938年に長距離飛行の世界記録を樹立した航研機や、同じく長距離機A-26の設計に携わる。太平洋戦争後は日本大学教授となり、YS-11の基礎検討を主導。

チャック・イエーガー(1923~):米空軍パイロット。第二次世界大戦欧州戦線に従軍。戦後の1947年10月14日、ロケットエンジンを装備したベルX-1実験機を操縦し、人類初の超音速飛行に成功した。数多くの英雄譚に彩られた伝説のパイロットである。

ヴェルナー・フォン・ブラウン(1912~1977):ドイツのロケット工学者。第二次世界大戦ではナチス・ドイツのために世界初の大陸間弾道ミサイル「V-2」を開発、戦後は米国に渡り、アポロ計画のための巨大有人ロケット「サターンV」の開発を指導した。旧ソ連のセルゲイ・コロリョフ(1907~1966)と並ぶ「宇宙開発の父」。

堀越二郎(1903~1982):航空機設計者。三菱重工業に勤務し、世界的に有名になった、零式艦上戦闘機(零戦)、局地戦闘機「雷電」などを設計。戦後はYS-11の設計に参加し、日大教授を務める。劇場アニメ「風立ちぬ」(宮崎駿監督)の主人公「二郎」のモデル。

本庄季郎(1901~1990):航空機設計者。三菱重工業で、九六式陸上攻撃機、一式陸上攻撃機を設計。戦後も軽合金をフレームに使用した最初期の自転車「三菱十字号」などを設計し、航空分野を超えて活躍した。ちなみに「風立ちぬ」には二郎の親友「本庄」として登場している。

航空産業振興は、大学生の意識変革から

Y:それで卒業直後に会社を立ち上げたんですか。でも、すぐに飛行機の設計なんて仕事が回ってくるわけがないですよね。最初はどんな仕事をやっておられたのでしょうか。

四戸:木村先生が、「会社を興すなら手伝うよ」と言われまして、それで大学卒業時に会社を登記したんです。木村先生が顧問を引き受けてくれました。当時、ある飛行機を開発しようとしまして、その飛行機の資金を笹川良一さんから得ようと……

Y:ああ、日本船舶振興会。今の日本財団ですね。

四戸:そうです。そこで木村先生が笹川良一さんに直談判してくれたんです。木村先生に連れられて理事会に行って頭を下げて、数千万円を出資する約束をいただいたんです。ところが直後に木村先生が亡くなられてしまい、振興会とのパイプが切れたので資金提供の話が流れちゃったんです。本当にもう残念でしたね。スタートダッシュで一気にいけると思ったんですけれども。あの時期にスタートできていたらだいぶ日本の航空を変えられたんじゃないかなという気はします。

松浦:その時はどういう飛行機を作ろうとしたのでしょうか。

四戸:競技用グライダーです。

Y:なぜ競技用グライダーを?

四戸:といいますのは、ドイツなんかでは、今たとえばエアバスにどんな学生が就職するのかといいますと、学生のころから実際に飛べる飛行機を設計・製造してきたレベルの学生たちが行くんです。

Y:学生が作っちゃうんですか。

四戸:作っちゃうんです。

Y:学生が設計して?

四戸:設計できるし、作ることができるんです。自分で飛ばすこともできる。ドイツには昔っからのマイスター制度を中心とした職業教育があるじゃないですか。ですから、日本で言うところの中学生ぐらいから航空がやりたいという学生に航空機開発に特化した教育をしちゃうんです。そういう強烈に航空に情熱と能力がある学生たちが大学の航空学科に入るんですね。

Y:もう飛行機ぐらい作れるぜ、なんなら操縦しちゃうぜ、ってぐらい一人前になった学生が、航空機メーカーに入るんですね。

四戸:そうなんです。これはエアラインでも同じで、もう飛行機を操縦できる者が、エアラインに就職します。飛行機が大好きで高校や大学で操縦経験を積んだ者が、旅客機の操縦を仕事にするんですよ。日本みたいに会社に入ってから操縦を学ぶとというようなおっとりした状態じゃないんです。

Y:なるほど……。言い換えると、飛行機を作るのも飛ばすのも、ドイツでは特殊技能とは思われていないんだ。

四戸:ということはですね、たとえば自動車教習所を出て運転してみて、自分は自動車の運転に向いていないな、という人はバスの運転手は志望しませんよね、

Y:そりゃそうです。

四戸:ところが、もしまったく未経験な状態で、「バスの運転手は生活が安定しているよ」と言われて就職してみて、会社の教育でバスの免許を取るとしましょう。すると、その後で結構俺ダメかもとか気が付いても、でも仕事を変わるのは難しいですよね。

Y:生活がそれで成り立っていれば変えられないですもんね。

四戸:しかも、バス会社も相当投資して免許を取らせますからおいそれとはやめさせられない。つまりね、日本のパイロット育成システムでは適性があるのかどうか分からない人が入ってしまうんですよ。

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