四戸少年“故郷のヒーロー”木村秀政に会う

オリンポスの四戸哲社長
オリンポスの四戸哲社長

松浦:四戸さんは、大学を出てすぐにオリンポスを創業したわけですよね。

四戸:そうです。1985年創立ですから、もうすぐ創立33年になります。

Y:どちらかの航空関係の企業に就職するということは、考えなかったのでしょうか。

四戸:まったくなかったです(笑)。今日の話題と関連してくる部分かも知れませんが、自分の就職の時点で、すでに「日本の航空機メーカーは相当衰退している」と思ったのが、その理由です。当時はみな業績はよかったんですけどもね。

 私は1961年生まれなんですが、当時の日本は、朝鮮戦争があり、米国のベトナム戦争介入が始まり、高度経済成長(1955~73)があり、さらに就職の頃はジャパン・アズ・ナンバーワン真っ盛りで、日本の航空産業も景気が良かったんです。

 ちょっと話が前後しますけれども、私は青森県の三戸郡名川町で生まれて、八戸で育ったんです。名前は四戸なんですけど(笑)。

Y:なるほど。

四戸:で、隣に五戸というところがありまして――三戸、四戸、五戸に八戸と揃っちゃいますが――その五戸の代官を務めていた木村家という名家がありました。その木村家から木村秀政という、YS-11の計画を主導した設計者が出ました。ですから私の田舎では、木村秀政さんは地元のヒーローだったんです。

Y:YS-11! 四戸さんより3つ下の私も「初めての日本製の旅客機だ」と、子供のころ憧れました。

四戸:3つ下というと東京オリンピックの年生まれですか。私は東京オリンピックをぎりぎり覚えている世代です。オリンピア号と命名されたYS-11が聖火を運ぶのがニュースになったり、三沢や花巻の空港にYS-11が飛んできますし、「航空日本にの夜明けが再び来たぞ」みたいな雰囲気になったんです。そんな環境でしたから、子供の自分にとって木村秀政という人はまさに神様でした。

 そして、高校2年になったときですか、木村秀政講演会が地元であったんです。そのときに初めて木村先生にお会いしました。

 もう私、小学校のときからYS-11が刷り込まれているわけですよ。YS-11は、日本航空機製造という国策遂行のための特殊法人で作っていました。その日本航空機製造が発行した図面を伝手をたどって入手して、全部頭にたたき込んで、模型化するために自分で図面を引き直して、とかやってました。完全にYSの中毒です。

Y:凄い、どうやって入手できたんでしょう。マニアですね(笑)。

四戸:そうですね。それでエンジニアになろうと決意していたんです。

松浦:当時はアポロ計画全盛期でしたが、宇宙には興味はなかったのですか。

四戸:興味はありましたね。チャック・イェーガーとか、あるいはフォン・ブラウンとか、あのあたりというのは理系少年には神様みたいな感じです。でも、じゃあ自分が何になるのかと考えると、宇宙はちょっと実感として遠かったんです。自分の眼で飛んでいるところを見ることもありませんしね。宇宙技術に対してはものすごく憧れたんですが、やっぱり距離があるといいますか。まして身近に木村秀政というビッグネームがいましたので。

 そのままずっと飛行機一筋で、高校2年生のときに木村先生に会って、自分の引いた図面を見せて、「どうしても飛行機を勉強したい」と訴えたら、じゃあ、うちに来ればいいよと言われました。

 木村先生はもともと東京大学にいたものですから、最初は東大を志望していたんですけれど、当時の先生は日本大学で教えていました。ですから、日大の航空学科を第1志望にして、東大の航空学科を第2志望にしました。

Y:普通は逆です。

四戸:それで日大の木村先生のもとに行って。その後はもう本当にかじりつくように勉強しました。日大には、ちょっと前に「風立ちぬ」というアニメ映画で有名になりましたが、零戦を設計した堀越二郎さんや、一式陸上攻撃機を設計した本庄季郎さんも先生でおられました。堀越さんはわりと早く亡くなられましたので、お見かけしたことがある程度だったんですけれど、本庄先生は直接横須賀のご自宅に伺って教えを受けました。本庄先生と木村先生が私の大恩人なんです。

 今回のインタビューは業界の著名人の名前と、専門用語が乱舞するものとなった。日経ビジネスオンライン読者の理解を助けるために、可能な限り注釈を入れることにする。

YS-11:第二次世界大戦後、日本が初めて開発した60座席級旅客機。1962年初飛行。1964年の東京オリンピックでは試作2号機が聖火を輸送して話題になった。1973年までに182機を生産し、一部は輸出もしたが、ビジネス的には失敗。その後日本は、次の旅客機を開発することなく21世紀を迎えた。MRJは、第二次世界大戦後、日本が開発する2機種目の旅客機なのである。

YS-11(画像:相場二郎)
YS-11(画像:相場二郎)

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