今年最初の「市場は晴れ、ときどき台風」です。よろしくお願い申し上げます。
居林:よろしくお願い致します。
昨年は「台風を警戒していたら肩すかし」の、上天気で終わった年でしたが、今年はいきなり荒れ模様になってきたような。
居林:ゴルディロックス、言い換えれば「適温相場」状態が続いたのが2017年。今年も適温のままで、と祈りたいところですが、じわじわ「熱くなるか冷たくなるか」、どちらかの変動が起こる年になるでしょう。
まずは、2月5日、6日と日経平均が前週の米国市場に引きずられるように暴落しました。
居林:その前に、年明けから適温相場が熱くなる方に振れていましたね。米国の法人税カット、インフラ投資、政府の債務上限の引き上げ。今年の11月6日には米国で中間選挙があり、支持率低下の定着を避けたい共和党は、さらに景気をアップビートにしたいと考えている、という投資家の読みが、ダウ平均を押し上げていました。日経平均もそれにつれて上がっていた。ところが今まで横ばいで推移していた米国10年債金利が2.8%まで上がったことが適温相場に対する悪材料と取られ、株価が急落したと理解しています。
現状は、両側が崖の一本道みたいなもので、上げるにしても下げるにしても、材料への反応が過敏になっているようです。年明けから2月までは「日経平均、どこまで上がりますか」と皆さんに聞かれていたのですが、この日を境に「どこまで下がりますか」に質問が一変しましたからね。
おそらく読者の方は、これが大きな下降局面の始まりかどうかを気にしていると思うのですが。
短期的には「熱っぽさがとれた」状態
居林:まず「短期的」に見れば、今回の下げはそこまでの話ではないと思います。
居林:このグラフの棒線は、「リターンを積み上げていき、10%調整(下落)があったら手じまいする」シミュレーションをそれぞれの時点で行った結果を示しています。いわば、「上げ相場の期間とその大きさ」を見える化したものです。
下げたところで終わりになる。
居林:そうです。これで見ると、日経平均は19カ月目で10%調整した(下に線が伸びた)ことがわかります。やっと調整しましたね、ということです。
原因は、米国では「このお湯、熱くない?」という意識が芽生えて、気がつくと、金利の上昇予測や、米国経済は今年はいいけれど来年はマイナスになりそう、といった要素が目に入り…「これは景気が過熱しすぎているのではないか」という状況になったことでしょう。
日本市場では?
居林:米国市場に引きずられて、という理解でよいと思います。レベル感として持っているのは昨年の10月23日の衆議院選挙で安倍政権が大勝したときの日経平均株価 21696円です。ここから株価は1割以上上がりましたね。これが、ちょうど消えた形になっています。これをどう考えるのかが短期的な水準感のポイントだと思います。
記事化できませんでしたが、選挙直前のレクチャーで居林さんは「安倍政権が勝っても、株価に影響はない」と言っていました。なぜなら、株価は中長期的には企業業績の関数で、安倍政権が日本企業の業績改善に繋がるような施策を打つことは考えにくいから、と。
居林:はい。しかし外国人投資家は安倍政権継続を企業業績のプラス要因と見て、年末に掛けて2兆円規模の買いを東京証券取引所にどっと入れました。これが今年1月中旬から売り越しに転じて、1.8兆円(UBS集計)が出て行った。
日本企業は「絶好調」だけど…
利食いして「もういいや」と?
居林:そうかもしれませんし、投資対象を債券なり他の株式市場に回したのかもしれません。そして、すでに指摘されていますが、今回の急落はいかにもアルゴリズム取引らしい感触があります。「市場のボラティリティが上がったらとりあえず売る」という一方通行さを感じます。
ボラティリティは、VIX(恐怖指数)でしたっけ。あれを見ている?
居林:それもあるかもしれませんが、米国のハイイールド債のスプレッド(国債に対する利回り差、です)をよりリスク指標として見ているはずです。VIXはブレすぎるので、リスク指標として使うには少し難しいように思います。このスプレッドが、5年振りにスパイクが出ました。これを見て、企業収益はいいにも関わらずアルゴリズムによる売りが出た。「上がりすぎでは」という米国市場の警戒感、「期待したけど何も出なかった」という日本市場への失望、そして、ボラティリティの上昇によるアルゴリズムの売り、それらが今回の急落の背景で、ある意味、ヘルシーコレクション、健全な温度調整が行われた、という言い方もできると思います。
熱っぽさが取れた。
居林:はい。で、ここまでが短期のお話です。さっき振り返っていただいたように、株価は上場している企業の業績の関数ですから、中長期は企業収益で見なければなりません。
はい、そして、目下日本企業の業績は絶好調ですね。
居林:12カ月先のコンセンサスの企業業績予想は、去年の総選挙のあった10月時点から直近の予想にかけて純利益で4~5%切り上がっています。これが短期的な株価水準がやや下げすぎではないかと思う根拠です。
つまり、株式市場は海外要因で急落し昨年の選挙前の水準に戻ったものの、業績予想はその時よりも4~5%高いとなれば、株価は短期的には高すぎる期待値が剥落して、下値は限られている、と見てよいと思います。
なるほど。
居林:さて、ここからはもう少し長い目で見た日本株の見通しをお話ししたいのです。「今の時点で株価は、割安なのか、割高なのか? という話をここ1年ほどしてきました。しかし今回は、これからが企業業績の大きな転換点だと思うので、その点に注目したいです。
最初に少し会計的にややこしい話をせねばなりません。今後12カ月の企業業績の「伸び率」は、直接の業績とは関わりのない理由で、大きく下落して見える可能性があるのです。
それは、特別利益/損失、のようなお話ですか?
居林:それに近い話です。ちょっと前の例としては16年3月期の決算です。原油など資源価格の暴落で、コモデティ関連の企業決算が悪化したのです。持っている資産の価値が下がったということで、会計上の資産価値を引き下げる「減損」という措置を取ったためです。この反動で17年3月期は大幅増益になり、連れて株価も下降・上昇しました。
あくまでも一時的な利益の変動であり、将来の企業価値を大きく損なうものではないと個人的には考えますが、株式市場は(特に東京市場の株価を左右する外国人投資家は)、表面上の数字の変化を強く意識して、業績予想の変化に(短期的には)非常に敏感に動きます。
すると?
今期は高いゲタを履き、来期は脱ぐ
居林:17年の10~12月期の決算は絶好調で、我々の予想を大きく上回っていますが、この多くの部分は米国の法人税切り下げの影響です。すでに出ている数字では、トヨタが2017年10~12月期の純利益が2919億円押し上げられると発表し、ホンダも同期に3461億円の増益要因になるとしています。
めちゃめちゃ効きますね。これは、払うはずの税金が減ってその分利益になったということですか?
居林:一言で言えばそうなります。この点は純粋に会計上の話なので、簡単に説明すると、デファードタックスリライアビリティ(DTL、繰り延べ税金負債)として、将来払う税金をバランスシートに載せていた企業は、減税分の金額は積み立てなくてよくなったので、負債を取り崩してその分を損益計算書に利益として計上した、ということです。しかし、これはあくまでも2017年10-12月期のみに出てくる一過性の利益で、逆に1年後、次の10-12月期にはその利益はなくなりますからマイナスに見えるわけです。
要するに、本業の収益には無関係だと。でも、見た目の業績数字が「めちゃめちゃ」良くなる。
居林:DTLは普通、3~5年分を積み立てます。そのうちの減税分が一気に今期の決算で利益計上されるので、インパクトが大きくなるのです。例えば、トヨタの2017年3月期の税率は前期の29%から-12.7%になっています。会計上は税金がプラスからマイナスになっているということですが、このくらい大きな話です。もちろん、税前利益には関係がない話なのですが、純利益やEPSには直接影響します。
ということなので、株価が高いか安いかは企業収益で考えるべきだと言いながら、この10~12月は実力とはかなり離れた数字になるはずで、同時にそれが、今回市場のぬるま湯を熱くしましたが、次回は冷ます可能性が高い、と考えているわけです。
「企業収益がいい」というヘッドラインに踊ると……。
居林:今は適正価格な水準ですが、「割安だ」という判断になると半年後には状況が変わっているかもしれませんね。
そういえば、先ほどおっしゃった2016年の原油暴落による業績へのマイナスの影響ですが、不勉強ですみません、なぜ特別損益に影響したんですか?
居林:2016年3月の決算ですね。原油、石炭、銅、その他のコモディティの市況が悪化すると、持っていた権益の評価額が下がり減損が発生する企業があるのです。
IFRSで特殊要因が見えにくくなった
油田とか鉱山とかですか、じゃあ、商社?
居林:商社への影響が大きかったけれど、化学プラントなどもそうですね。海外子会社に関連工場がある企業も多い。今じゃ考えられませんが、シリコンウエハー工場もケイ素の価格が下がるからと減損したりしていました。おかげで、今は減価償却が終わって利益率が上がっています。他には、中国の不動産の下落の影響もあったかな。「何で日本企業は、このタイミングでこんなに減損処理をするんだ?」と、海外の投資家に説明するのに苦労しました。
だったら営業利益で本業を見ればいいのに……。
居林:IFRS(国際会計基準)導入後、日本では特別損益に入るような減損が米国では営業利益に入るようになって見えにくいのです。ワンタイムロスなのか実力なのか、判別しにくくなっている。日本の会計基準には逆に特別損益がありますから、同じ物差しで比較するためには日本企業も米国企業もアジア企業も純利益でわざわざ見ようとするんです。説明はもちろんしますよ。でも、トレンドを見る際にはどうしても、個別の企業ではなく横串を刺して考えるので、一時的な影響を避けることが難しくなっていると思いますね。
最近多くなっている、AIなどが投資判断するようなファンドが増えれば、この辺りはさらに重要な論点になるような気がします。デジタルな部分が増えると、人間が考えて判断する部分がさらに重要になる、というのは個人的に感じているところです。
なるほど。もう一度まとめますと、株価は企業業績の関数、といえど、時にはそれが成り立たない異常値が出ることがあって、直近の2017年10~12月は米国の法人税制の変化でまさにそうなっている、ということですね。
居林:はい。そのとおりです。「今の株価水準は割高ではない」については、その通りだと思います。ただし、今見えている収益の水準は一時的なかさ上げが入った値で、今後もこの調子を維持できるかどうかは疑問。現状がピークで、なまじここで期待が高まってしまった分、業績が下降に――減税のゲタが脱げますから、本業が横ばいなら来年の今頃はマイナスの企業収益に見える――転じた際の失望が大きくなって、転換点になるのではないかという気がします。投資家として株式市場、企業業績を見るうえでの判断の分かれ目と言えるのではないでしょうか。
居林:グラフは、TOPIXと1年先の業績予想(コンセンサス)をプロットしたもので、株価はおおむね、この緩い曲線状を往復するんです。これで見ると、株価は今、ややわずかに割安です。PERで15倍くらい(TOPIX)。安く見えますが、1年後はどうなるか。
経済危機が来るとは考えにくいですが、業績にはゆるやかながらピークが見え、2018年の10-12月は業績は(意味があるかどうかは別にして)表面上大きなマイナスになることが考えられます。それを除外して考えても、日本企業の利益率がこのまま保てるのか。設備投資が大きくなり、人件費は上がっている。オフィスの賃料も上昇中。利益が更に上がるよりは下がる状況。投資家としてはそう考えるべきでしょう。
投資家であるなら、とは、居林さんらしい表現ですね。
居林:自分自身が投資家になるかどうかの分かれ道にある、くらいには思いますよ。IoTのストーリーを語り、EVの将来を読むのもいいですが、未来は明るくても企業収益は振れるのです。ストーリーは買えても株価は買えない。経済評論家と投資家は見る目が異なる、と私は思います。ストーリーは素敵でも、下がり始めたら注意しないと。2018年はそんな年になるでしょう。
転換点を前にしている
ついでに聞かせて下さい。居林さんの言う「投資家」には、ナノセカンドでサヤ取りするプログラム売買や、10年間インデックス投資をすることも入っていますか。
居林:超短期の変動は、業績予測や産業の将来を考えるのとはまったく別のもので、大きな波を考える際には無視できるブレだと思います。超長期インデックス投資については、UBSウェルス・マネジメントも、例えば「10年間インデックスの株式投資は有効」と考えています。
その上で、あくまで自分個人の見方ですが、投資家のスコープとしては、「その人が見えるところまで」が正しいスコープだと思うんです。見える、とおっしゃるなら10年でもいい。でも詳細にモニタリングする必要性を考えれば、私に見える先はせいぜい1年、最長で2年ではないでしょうか。
投資家は株価と業績予想のトレンドを重ねて上か下かを見よ。極端に高ければ「哲学と理屈」で売り、下なら「胃薬」で買い。市場全体の気分、意識と、自分の哲学、理屈、胃薬を備えて戦い、利益を上げる。でも、業績予想が大きな転換点にある時がある。今回はそんな所に私たちは立っているのではないか、というお話でした。
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