日本初のマイナス金利、意外な円高、株価の急落と、2016年も先の読みにくい市場が続きます。そんな中、日経ビジネスオンラインの編集長のIが、「現場感のあるマーケット物を書いていただける方を発掘したい」と言いだしました。そこでお願いしたのが、UBS証券で富裕層向けの日本株リサーチを担当している、居林通(いばやし・とおる)さんです。 経済コラムとしてはやや異色の語り口ですが、ご本人のお話を横で聞いているような気分で、お楽しみください。もちろん、中身も面白い!(編集Y)
はじめまして、居林と申します。
日本銀行のマイナス金利導入をきっかけに、年初からの市場の波乱が更に激しさを増しているようです。この理由と影響と先行きを鮮やかに説明する…のが「アナリスト」のお仕事ですが、残念ながら私の仕事はそれだけではありません。市場を俯瞰しつつも、投資家は現場でどう動くべきかを助言することです。ですので、ちょっと見方が違います。

私は、UBS証券のウェルス・マネジメント本部で富裕層投資家のお客様向けに日本株リサーチを担当しているんですが、この会社に入る時に1つだけ条件を出したんです。
世界経済・政治を見ながら、企業取材まで「全部やらせてくれ」と。マクロからミクロまで、日本株を全部僕に任せてくれるならやる。銘柄選びまでやる。そのほうが、会社側も経費削減でいいんじゃないでしょうか、と。
通常、証券会社などではどうなっているかというと、分業というか、個別銘柄を見る人、ストラテジーの人、というふうに分かれていたり、対応する顧客も「機関投資家だけ」、「個人だけ」などに分かれます。機関投資家の方たちも、日本株担当だったら日本株しか見てなかったりするので、その中でどうしてもポジションを取ったりしなきゃいけない。
一方、私のいる部署が担当するお客様の場合は、例えば「日本株よりも他の資産クラスがいい? だったら、そちらに投資するよ」というようにお客様が機動的に動ける。ここが大きく違います。
つまり何が言いたいかというと、僕は、自分の仕事をする際に、自分の立場の限界にとらわれないで「全体」を見たいし、その上で「ダメならダメ」と言えるようにしたいんです。
例えば「短期の戦略では、日本株よりもユーロ圏の株式やハイイールド債券に投資するのがいいんじゃないか」というのが今の私たちの投資見解なんですけれど、特定の資産クラスしか担当していないアナリストだと、こういったアドバイスはできない。日本株だけを見ているアナリストであれば「でも日本株の中では、このセクターのこれがいいです」など、基本的に難しい市場環境であっても、その中から何かしら推奨するものを見出さなくてはならなくなる。その点、私の立場は多少自由が利くと言えるのでしょう。
もちろん、全体を見る広い視点を持って仕事をしている人はこの業界に数多います。けれども、職務上、実際の行動に対しても「ダメならダメ」と言うことが許されている人はかなり少ないはずです。そういう立場から見える市場について、書いていこうかなと思っています。
“周期的な混乱”が起こる理由
それでは、何を書けば喜んでいただけるのか。ちょっと先週末、お風呂に入りながら考えてみたんですが、おそらく皆さん、「何を買ったら利益が上がって、何を買っちゃいけないのか、どうやって判断するんだ」というのをお知りになりたいのではと思います。そして、「コメンテーター」と、「現場の人間」は、ここの回答で違いが分かるんです。私たちはテレビの出演料や原稿料が欲しいわけじゃなく、顧客の利益を最大化したいと思っているので、「今、こういう会社の株は、思い切って買いましょう」という判断(と行動)ができますし、せねばなりません。
思い切って買う、というのは、妄動ではもちろんありません。原理原則、「市場とはこういうものだ」という、自分なりの確信があって、それに反する動きが起こった時に、その時の報道や雰囲気に流されずに原則通りに判断し、買いを入れる、という意味です。
私の経験で言えば「リーマンショックの時の日本の銀行の劣後債」がそうでした。「いくら海外で損失を出したにしても、日本の商業銀行が破たんするはずはない」と思いつつ、うち続く株価下落に、売りが売りを呼ぶ展開というのを前に、「市場が間違っている」というのは非常に勇気が必要でした。その前であればITバブルの崩壊、日本の不良債権問題、あとはアジア通貨危機。当時の私はインドネシアとマレーシア、タイの担当だったので、どちらの時も大変な目に遭いました。どんな目に遭って何を学んだのかは、いずれ書かせていただけるかもしれません。
こうした出来事を繰り返してとことん学んだのは、「金融市場は混乱が周期的に来るものだ」ということです。そりゃそうだろう、と思われますか? でも、そうだろう、と頭では分かっていても、大波に揺さぶられながら、「お、来たね」と冷静でいられる人はあまりいません。市場の波にさらわれないためにも、「なぜマーケットは荒れるのか」そのメカニズムについて、納得しておいたほうがいいんじゃないでしょうか。今回はその話をしましょう。
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