さて、実際に中国で生活すると中国経済はいったいどう見えるでしょうか。

 私が家族と一緒に北京の家に住み始めたのは2009年でした。世界が米国発の金融危機の余波を受けていた頃でした。中国も株が暴落しましたが、失業や消費後退は起こりませんでした。近所の道路でたまに違法駐車を見かけましたが、交通の邪魔になるほどではありませんでした。

 それからみるみるうちに道路の脇に違法駐車が増えてきました。4年後の2013年あたりからは、車が通行するのに困難になるほどの違法駐車がありました。どう整理するのだろうかと思っていると、何と、誰かは分かりませんがやってきて「今日から駐車料金を徴収する」と言い出して、違法駐車が違法ではなくなりました。その代わり、片道2車線の道路が1車線に変わってしまいました。

 これに象徴されるように、北京の道路は日に日に渋滞がひどくなっていきました。週末ともなると、郊外に出るだけでも数時間かかることを覚悟しなければなりません。若い人がドライブや帰省をする場合、早起きするのではなく前の晩から出発しなければなりませんでした。東京の山手線を横断する程度の距離でも1時間以上かかるのは当たり前で、悪い時間帯にぶつかると2、3時間もかかることがあります。北京市民はこのことを「道路で車を干している」とよく表現します。

たった4年でなぜ空気はこんなにも急激に悪化したのか

 2009年の北京の空気はよくありませんでしたが、私が1985年に東京で見た空気より悪くないようにみえました。しかし、あれから年が変わるごとに空気が悪くなり、4年後の2013年になるとPM2.5という言葉が話題になり、北京の空気の悪さは世界的ニュースになりました。たった4年間でしたが、空気はいったいなぜこんなにも急激に悪くなったのでしょうか。

 もちろん、悪いことばかりではありません。たった数年で、庶民の暮らし向きにもはっきりとした変化がありました。(次回に続く)

日経BP社は、宋文洲氏がソフトブレーンの経営者時代から始めたメールマガジン「論長論短」を書籍化した『日中のはざまに生きて思う』を刊行しました。生活の拠点を北京に移してから宋氏は中国経済を内側からつぶさに見て、その光と影を「論長論短」のエッセイで率直に語ってきました。本書は、日本と中国の両方で暮らし会社を経営した経験を持つ宋氏だからこそ語れる珠玉のエッセイを収めました。詳しくはこちらまで。