日本で創業して成功を収めた数少ない中国人経営者の宋文洲氏。42歳で会社経営を引退してからは生活の拠点を北京に移し、中国経済を内側から見てきた。2008年の世界金融危機でも失業問題を経験しなかった中国経済だが、高度成長の副産物としてもたらされた環境の悪化や交通渋滞の問題が強く意識されるようになった。中国で今、庶民の暮らしに何が起こっているかを語る。

 私は1992年に北海道の札幌でソフトブレーンを創業し、98年に東京に本社を移転し、事業を土木ソフトから営業支援ソフトに変えた上、営業範囲を日本全国と中国に広げました。

 2005年にソフトブレーンが東証1部に上場しましたが、その翌年42歳のとき、私は会社の経営から引退しました。その後、生活の拠点を北京に移し、子供を現地の学校を通わせながら経営コンサルタントや経済評論家として日本と中国の間を往復するようになりました。

宋文洲(そう・ぶんしゅう)氏
1963年中国山東省生まれ。中国国費留学生として85年に北海道大学大学院に留学し、工学研究科の博士課程修了。89年に起きた天安門事件のため帰国せず、札幌の会社に就職したが、すぐに倒産。92年にソフトブレーンを創業し、独自開発の営業支援ソフトの販売やコンサルティング業務で会社を成長させた。2005年に東証1部に上場。42歳でソフトブレーンの経営から引退し、生活の拠点を北京に移す。

 日本と中国の両方で経営していたこと、両方で生活をしていること、特に最近の5年間、生活の拠点を北京においていたことは私の内面に大きな影響を与えました。人間はしょせん環境の動物です。朝起きて、まずどこの空気を吸っているかによってその日の関心事が決まります。北京の乾燥した空気とPM2.5(微小粒子状物質)が漂う空を見ると、体の芯までここは中国大陸にある街だと感じてしまうのです。

渋滞がひどいので子供の起床時間が早くなる

 毎朝、妻がお弁当を用意し、子供たちがそれを持ってスクールバスに走っていき、渋滞に巻き込まれながら学校に向かいます。起きる時間を段々早くしなければならないことから、渋滞のひどさが少しずつ増していることを知ります。

 マーケットに行っても、レストランに行っても、そこで出会う人は中国人か中国に来ている外国人です。彼らの生活と仕事のすべてが、中国で今起こっている大小さまざまな出来事と結びついています。中国で暮らしていると、私たちの意識はいつも自然と中国の出来事に充満され、中国にいる人間の視線を持つのです。また不思議なことに、他の国への関心が自然と薄くなっていくのです。

 これは決して国籍などとは関係がありません。私は東京にしばらくいると、自然に中国への関心が薄くなります。当然日本人よりは数倍も中国への関心がありますが、中国で起こっていることについてあれこれ思いめぐらすことがずっと少なくなります。ニューヨークやボストンに2週間以上、滞在してみて下さい。同じことが起きます。特に時差が大きい場合、この傾向はますます大きくなります。