1月20日、トランプ米新政権が発足した。トランプ氏にばかり目が向けられるが、この日はオバマ政権が終了する日でもあった。オバマ政権は、米国の歴史においてどのような意味を持つのか。オバマ大統領は何を成し遂げようとし、何を実現したのか。そして、何を成すことができなかったのか。オバマ政権を総括することで、トランプ政権を評価するものさしも見えてくる。
外交官として、防衛大学校の教授として、米国の動向をウォッチしてきた孫崎享氏に聞いた。今回はその後編だ
(聞き手は森 永輔)
(前回はこちら)

ここからはトランプ大統領についてうかがいます。オバマ氏が掲げた理想に対して、トランプ大統領はどんな理想を持っているのでしょう。
孫崎:就任演説を聞きました。理想も中身も全くないものでした。そして、就任演説を含む一連の言動から、オバマ氏とは逆の方向に行こうとしているのを感じます。オバマ氏が有色人種や女性を重視したのに対し、トランプ大統領は彼らを無視するかのような発言をしてきました。外交では、イランとの核合意を反故にしようとしています。

1943年生まれ。1966年東京大学を中退し外務省に入省。駐ウズベキスタン、国際情報局長、イラン大使を歴任。その後、防衛大学校教授を務める。著書に『日米同盟の正体』『情報と外交』など
就任演説の後、驚いたことがあります。ホワイトハウスのホームページにこれから進める政策の概要をアップしたのです。北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉などが挙げられています。これはトランプ大統領の政策チームが充実しており、彼が選挙中に口にしたことを実行する体制を、我々が考えていた以上に整えているということです。油断はなりません。
トランプ大統領が抱えるこれからの課題は、同大統領を当選させた支持層――貧困層、労働者、中間層――を代表する政策を実行できるかどうかですね。私は実行できないと考えています。すると、これらの支持層が不満を高める。トランプ大統領は貿易戦争をまき散らすことで、彼らの目をそらそうとするでしょう。
なぜ、支持層を満足させる政策を実行できないのでしょう。
孫崎:理由の1つは閣僚名簿を見れば分かります。数多くの企業経営者が名を連ねています。
国務長官への就任が米上院外交委員会で承認されたレックス・ティラーソン氏は米石油大手エクソン・モービルのCEO(最高経営責任者)でした。米金融大手ゴールドマン・サックスのゲーリー・コーン前社長兼COO(最高執行責任者)は国家経済会議の委員長に就任します。
孫崎:おっしゃるとおりです。過去最高の富豪政権と言えるでしょう。この政権は、「ウォール街を占拠せよ」に参加した人々が言う「1%の富裕層」の代表なのです。
政策を見ても明らかです。富裕層に有利な減税案、オバマケアの修正もしくは廃止などがずらりと並んでいます。
これでは貧困層、労働者、中間層が不満をためる。そこで「我々はあなたたちのための政策を実行している」と見せるため、外国を悪者に貿易戦争を仕掛けようとしています。トヨタ自動車に対して「米国で生産するか、多額の国境税を支払うべき」とツイッターでつぶやいたのはその一端です。
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