感情移入といえば、オバマ氏は記者会見中に涙したことがありました。印象的だったのは2016年1月、銃規制の大統領令について国民に演説したときに流した涙です。

海野:12年にコネティカット州の小学校で起きた銃乱射事件について言及したとき、思わず絶句して、涙をこぼしたのです。あれも感情移入ですね。

演説の草稿を作る時に感情移入することを意識しているとすれば、涙も意図的なものなのでしょうか。

海野:いや、わざとではないですね。オバマ大統領は、自然にそういうとき「ぐっとくる」ひとなんだと思います。

2016年1月、銃規制に関する大統領令について演説するオバマ氏。(AP/アフロ)
2016年1月、銃規制に関する大統領令について演説するオバマ氏。(AP/アフロ)

しかし、政治家の涙は弱々しい印象を国民に与えます。批判もありそうです。

海野:そういう考えかたはありますね。特に米国では「涙は弱さ」という認識は強い。だけど、オバマについては支持者たちが知ってるんですよ。オバマは感情移入する人だっていうことを。

どの演説でも感情移入しているから。

海野:そうです。みんな、お母さんがバラク少年にempathyの大切さを教えていた話を知っているんです。だから支持者たちはオバマのことを弱いリーダーだとは思わない。リーダーシップのありかたが違うんです。

 私、日本の1部上場メーカー企業で、1年間の課長研修を担当させてもらったことがあるんです。参加者は40歳前後の社員さんたちだったでしょうか。リーダーシップって何ですかって聞くと「ぐいぐい引っ張ること」なんておっしゃるんですね。率先垂範型のリーダーですよね。

 これに対して、オバマのリーダーシップって傾聴型なのです。相手に耳を傾けるとか、敬意を払う、引き出す。率先垂範型のリーダーシップもいいけれど、もっと他の、いろんなスタイルがあっていい。傾聴することでまわりのモチベーションを高める。一般的な見方からすればかなり特異な形のリーダーシップですが。

支持者がオバマ氏の傾聴型リーダーシップを理解してくれるのは分かります。けれど共和党の支持者など、オバマ氏を好まない人はどう思うのでしょう。

海野:オバマに批判的な見方をする層は、あのスタイルは好きではないでしょうね。トランプみたいに相手を脅したりするのが好きな人はオバマ流には合わない。

思い起こすのは09年11月に日本に来たときのことです。天皇陛下に対して深々とお辞儀したことが議論を呼びました。

海野:私のまわりでは「オバマは異文化を学んでいる」と評価する声が多かったです。ただ、保守系の人たちからは「なんで戦勝国が敗戦国に頭下げなきゃいけないのか」という批判が出ます。あるいは日本のお辞儀文化への理解が乏しければ「なんで謝罪するんだ」との見方も出てくる。

2009年11月、御所に到着したオバマ氏は天皇陛下に対して深々とお辞儀した。(ロイター/アフロ)
2009年11月、御所に到着したオバマ氏は天皇陛下に対して深々とお辞儀した。(ロイター/アフロ)

異文化への姿勢、分裂の象徴

それはオバマ氏のイメージ戦略としてどうなのでしょう。政権を安定的に運営するためには、自分の強固な支持層だけではなく、たとえば無党派層の支持も得ないといけない。

海野:そうですね。だから16年5月の広島訪問ではお辞儀しませんでした。天皇陛下へのお辞儀を保守派から非難されて、学んだのだと思います。「米国が分裂している」とよく指摘されます。ここにも表われていますね。オバマのように相手の価値観を理解しようと努める姿勢を評価する人もいれば、異文化に対する理解がない人たちもいるということです。

すこし話は戻ります。広島の演説でもやはり感情移入が見られました。「朝起きてすぐの子どもたちの笑顔、夫や妻とのテーブル越しの温かなふれあい、そして親からの温かな抱擁が、71年前この広島にもあった。亡くなった人は、我々となんら変わらない人たちだった」という表現がありました。

海野:詩を読んでいるようでした。別にオバマの演説なら何でも手放しで褒めたたえるわけじゃないけど、ああいう演説ができる政治家って、日本にはなかなかいません。

安倍首相も最近は演説にストーリーテリングを取り入れているように思います。真珠湾での演説でも奇襲作戦で被弾し、母艦に帰ることをあきらめた日本軍の戦闘機パイロットについて触れました。個人的には印象に残ったのですが。

海野:ありましたね。やはりオバマの影響だと思います。ただ、それが本当に効果的なストーリーテリングになっているかというと、また話は別です。さきほどお話しした構成要素をすべて満たして、初めて効果的なスピーチができるのです。

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