ここまで、オバマ氏が選挙運動でいかに地上戦と空中戦を融合させ、海野教授を含む熱烈な支持者を増やしてきたのか伺いました。オバマ氏は就任後もコミュニケーション能力に長けていたように思います。なかでも演説の巧さがたびたび指摘されてきました。

海野:オバマの演説には、2つの特徴があるんです。

はい。

海野:ひとつがストーリーテリング、つまり物語を語る手法です。2016年12月、真珠湾での演説を例にとってみるとわかりやすい。大きくわけて筋、人物、教訓の3つの要素で構成されているんです。

 あの演説、前半に軍艦ウェストバージニアに搭乗していた1等砲撃手のジム・ダウニングさんが登場します。船を守るために日本軍の戦闘機と戦いながら、同時に、倒れていった仲間たちの名前を記録していたという人です。遺族に「あなたの家族はあのときあの戦いで亡くなったのです」と知らせられるように、と考えたんですね。しかし、あとからダウニングさんに聞いてみると、彼は「やるべきことをやったまでです」と謙遜するんです。

 効果的なストーリーテリングには、欠かすことのできない要素があります。まずは筋。次に人物が出てきます。この場合だったらダウニングさんですね。そして最後に、教訓があります。

シンプルですね。

海野:さらに筋を細かく見ていくと、必ず挑戦・選択・結果の3つに分解できます。

 まず挑戦。これは何でもいい。企業なら売り上げが伸びないとか、お客さんからクレームが入ったとか、挑戦を求められる状況っていろいろありますよね。ダウニングさんの場合は「日本軍による奇襲攻撃を受けている」という状態が挑戦にあたります。

 次に「選択」です。ダウニングさんは逃げませんでした。かといって単純に戦うだけでもなく「亡くなった兵士の名前を記す」道を選びました。奇襲攻撃を受けるという挑戦的な場面で、戦うだけではなくて、プラスアルファの「戦死者の家族に戦友の最期を知らせる」行為を選んだのです。

 では最後、このエピソードから得られる教訓は何かというと、それは「人間は究極的な場面でも愛を示すことができる」ということになるのではないでしょうか。

文化人類学者の母が教えた「empathy」

なるほど、オバマ氏は演説で「戦争では憎悪が激しく燃えさかるものだが、それでも全人類に共通する神聖なものを思い起こさせる」と結論づけました。つながりますね。

海野:オバマの演説を語るうえでもう一つ重要なのが「empathy」(感情移入)です。オバマの演説に必ず感情移入の要素が含まれます。オバマのお母さんは文化人類学の博士号を持ったひとで、かつてバラク少年に「あなた、自分がこんなことをされたら、どう思う?」「あなたが今こんなことをしたら、相手はどう思う?」と繰り返し説いていたといわれています。

 一例として、ハリケーン被害にあったミズーリ州に足を運んだときの演説を紹介します。このときオバマは「あなたたちは一人ではない。そして、私はあなたたちと一緒にいる。あなたたちのことを思っている」と言いました。まずは被災者の孤独感を和らげる言葉ですよね。

日本だと「激甚災害に指定します」とか「復興のための補助金をしっかり出します」みたいなことを政治家が言いますよね。

海野:オバマは違うんです。被災者というのは、東北でも、神戸や熊本でもそうですが、最終的に見捨てられることを恐れているのではないでしょうか。被害発生の直後はマスコミの取材があったり政府から援助があったりと注目されるけれど、長くは続かない。こう思うのは日本でも米国でも変わらないんです。

 オバマはその感情を理解していて「最後まで見捨てない」というメッセージを送るんです。小池(百合子)さんでも安倍(晋三)さんでも橋下(徹)さんでも被災地でなにかを語ることはあるかもしれないけれど、被害者の側に立ったメッセージにはならないことが多い。オバマの場合は必ず感情移入にもとづいたメッセージになっているんです。

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