オバマ陣営の戸別訪問は、他の候補のそれと何が違うのですか?

海野:質が違いますね。オバマ陣営の選挙スタッフは、戸別訪問に出かける前に説得トレーニングを受けるんです。説得というのは、英語でいうところのpersuasionですね。私は異文化コミュニケーションが専門ですから、ものすごく興味があったんです。米国で「説得のトレーニング」っていったら、なんとなく、絶対に譲らないぞ、自分の主張を前面に出してディベートして、自分の主張が通ったら「I won!」――みたいなイメージがあるでしょう。

 ところが、トレーニングで言われたのは「とにかく傾聴してくれ」ということなんです。議論はしないでくれと言われました。これは目から鱗が落ちる思いがしました。

キーワードは「傾聴」

 傾聴することで、相手のストーリーを引き出すのです。日々困っていることとか、どういう生活をしたいかとか、相手にストーリーを語らせるのです。それで、相手のストーリーを聞いたら、今度はそのストーリーに関わりある自分のストーリーを語れというんです。

 そうやって少しずつ価値観がお互いに共通しているということを確かめ合って、そこまでいってから初めて、オバマの政策を語れというんです。対立候補との比較は、本当に最後の最後なんです。

 彼らは「素人はまず自陣営の政策について話す。それではダメ」と説明していました。「オバマはこういう政策を実現します、ロムニーなんてダメですよ」みたいに。けれど、そのやり方では失敗する。発想が違うのです。そうではなくて、最初に相手のストーリーに耳を傾けろ、傾聴しろと。

2016年にはクリントン陣営の一員として戸別訪問した(ニューヨーク市マンハッタン区)
2016年にはクリントン陣営の一員として戸別訪問した(ニューヨーク市マンハッタン区)

海野教授は16年にはクリントン陣営の選挙運動に携わっています。オバマ陣営のような説得トレーニングはなかったのですか。

海野:オバマ陣営ほど一生懸命にはやっていませんでした。徹底ぶりが違いました。だから、実は(クリントン氏の大統領選の結果について)不安に思っていたんです。

さきほど、これまでに7700軒以上を戸別訪問したっておっしゃっていました。それだけの数を訪れてそれぞれストーリーを語り合うとなると、膨大な時間がかかるのでは…。

海野:もちろん、すべての家で最後まで話せるわけではありません。ピンポンを押した家がトランプの支持者だったなんてことはザラにありました。あとは子どもが昼寝中だったとか、お昼寝してたのに起きちゃったとか。いろいろなケースで断られました。だから、会話するのが3分だったところもあれば、10分のところもあった。

そして、とにかく相手にストーリーを語らせると。

海野:そう。相手に語らせれば、それだけで5分、6分、7分と時計の針が進んでいきます。

きっと最後も「清き一票を!」なんてことは言わないんでしょうね。日本みたいに。

海野:「Can we count on your vote?」という決め台詞がありました。直訳すると「あなたの票に頼っていいですか」となりますね。普通なら「では、どうかオバマに投票してください」みたいに話してしまう。けれど、それではどんなに米国人の政治意識が高いからって反感をかいます。「そんなの俺のプライベートだ」「お前の知ったこっちゃない」とね。そこで「頼っていいですか」。人って、誰かに頼られると、ちょっと心が動くじゃないですか。そこは上手ですね。

ところで、海野教授は日本人ですよね。

海野:もちろん。帰国子女でもなんでもない、純粋な日本人ですよ。ちなみに生まれは静岡。

有権者ではないということですよね。どうでしょう、これだけ熱心に選挙運動に携わったら、やはりオバマ支持者になったのでは。

海野:もちろん、あくまで研究が目的であって、オバマを勝たせるために活動していたわけではないですよ。明治大学にだって研究計画書をちゃんと出して行っているわけですから。けれどね、では誰を支持しているかって聞かれたら、やっぱりオバマって答えるんでしょうね。もともと異文化コミュニケーションを研究してきたわけですし、多様性を尊重する姿勢だとか、どうしたって好きになりますよね。

(後編に続く)

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